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商店街にとってアーケードの存在はいいことですか、わるいことですか? (No.991) | 経営からの地域再生・都市再生 [木下斉]

昨日、友人のG-netの秋元氏より朝一番で「商店街にとってアーケードの存在はいいことですか、わるいことですか?」という直球勝負なご質問を頂いたのを発端にしてやりとりをさせてもらいました。それを少し加筆修正して掲載します。 商店街のアーケード問題ってもう長らくというか、僕が商店街に関わるようになった15年ほど前からずーっと言われている話で、「アーケードを撤去すべきかいなか」「アーケードを維持する資金を稼がなくてはならない」とか結局のところ、あれだけの巨大建築物の維持は頭痛の種だったりします。 しかも、知らない市民の方もいるのですが、アーケードの多くは商業者たちによって組織されている商店街振興組合が、組合員から負担金を集め、それだけでは足りないので主体的に補助金を国や市町村からもらいつつ、さらに高度化資金などの制度融資を受けて建設・管理しています。道路の上にあるので自治体が建てていると思っている人もいるみたいですが、基本的には違って、「商業者たちがお願いしているから建てさせている」というのが基本的な体です。 アーケードは数億円、数十億円と建設費がかかり、さらに毎年数百万円、数千万円の維持費がかかり、それらを商店街振興組合に加盟する組合員の分担金を原資に上記のような補助金と制度融資で建設費は補助しつつ、しかし維持費は商店街の自前で賄うという構造です。 近年の商店街加盟店舗の経営難の状況で、この分担金を支払うのが苦しくなってきており、それを原因で商店街振興組合から離脱する店も多く、新規加盟も低迷していたりもします。メリットはアーケードがあることと言われても、それだけの自分達の店の経営にプラスがあるとは思わないというわけですね。 さらに、商店街振興組合の理事は制度融資を受ける際に「連帯保証人」のはんこを押していたりします。つまりアーケードの巨額の負債の連帯保証責任を負ったりしているのです。正直、自分の懐に一切お金は入ってこない(というか出て行く)ものの連帯保証人というものをするというのは、経済原則的にアウトなわけですが、ま、それが慣例としてやってきました。新規理事にこの連帯保証責任を負わすとなると引き受け手がいないので、建設時の理事メンバーが死ぬまで負っている場合がありますが、それでも死んでしまったら新たな保証人をたてないといけないということもあり、理事の引き受け手が出てこないという問題も実はあったりします。ある商店街振興組合では解散するにあたり、理事長が多額の負債を支払ったということもありますし、破綻するにできずにリビングデッドになっている商店街とそのアーケードもあります。 恐ろしいことにアーケードは老朽化するので、お金がなくても朽ちていきます。結果として、朽ちたアーケードは公道上の危険なものになったりします。実際にアーケードやアーチなどが老朽化して、市民が下敷きになって怪我や時には死亡事故になったりもしています。 とまぁアーケードと商店街振興組合という構造は結構根が深かったりします。 ◎秋元氏 : 商店街にとってアーケードの存在はいいことですか、わるいことですか?あるいはどういう場合には良くて、どういう場合には悪いですか? ■木下 : 私は商店街が自ら整備するアーケードは「貴族の設備」と思っています。とんでもない金額が常にかかり続ける巨大建築物だからです。だから、お金のありなしで判断します。 そもそも戦後の近代アーケードの発祥の地である北九州魚町は、朝鮮戦争特需でボロ儲けして、その資金の行き先がなくて、ひとまず小倉城を商業者の資金で再建して、さらにそれでも余ったから、アーケードを当時の建設省の許可無く勝手に立て始めたという経緯と聞いています。なので、お金がありあまってる商業者が構成している商店街は、自分達ので判断してアーケードをしっかりと整備して、個別の事業者が持つ建築物では提供できない機能を皆で作るのはいいと思います。つまり、商品、価格、サービスなどの競争力は万全で、これをより強固にするための手段としてアーケードを作るって話ですね。 けど、お金ない事業者はアーケードみたいな直接的な投資対効果がみられにくい設備にお金投資するくらいなら、その資金を自分達の本業に対して投資すべきと思っています。新商品開発したり、店舗改装したり、従業員教育したり、ともっと資金を経営基盤の強化のために投資すべきです。 これとは別に、自治体とかが雪があるから中心部にアーケードが必要だとか色々と言うのであれば、社会資本整備としてちゃんとやればよくて、商業者の活性化とは全く関係ありません。イマドキ、屋根があるだけで買い物にくるなんて人は少ないし、その少ない人達のために数億円かかる設備に投資する投資対効果なんてありませんから。 今、全国各地でアーケードを撤去していっている商店街は沢山ありますので、僕はオープンモールにして、既存建築のまま若い人たちにリノベーションかけて店舗や住まいとかにしてもらうという形がやっぱりいいなーと思っています。自分としての実践的にも、その他の実例的にも。 ◎秋元氏 : なるほどですねー、すでにアーケードがある場合にそれをかつようするのがよいのか、それとも撤去して各建物のリノベーションや再開発がしやすい状況を作るのが良いですか?あるいは、複数の振興組合で構成されている柳ヶ瀬で特定のかしょ、特定の組合のみが撤去をきめたことはどう評価すると良いのかしら? ■木下 : 基本、撤去ですね。未来まで負債施設であるアーケードを残すくらいなら、ここでいっきに取り払った方が、中期的に良い方向に向くと思います。ただ重要なのは、「アーケードを建てるとか維持するとか撤去する」というだけで、商店街はよくならないということです。 重要なのはそれぞれの不動産や店自体がどうその機会を皮切りに変わるのか、というのなしに、単に共有部分であるアーケードの話だけする方が空虚でもあります。あくまで補助機能であって、メインではないのです。特定の団体だけが決断できた、と評価すればいいと思いますよ。むしろ、皆でそれに続いて、全体的に撤去して、その上で各店舗や不動産が何するかという方が大切す。...

60%の地域で人口は半減し、人口が増加するのは1.9%の地域だけ。 (No.984) | 経営からの地域再生・都市再生

結構有名な資料だと思っていたのですが、意外と知らない方もいらっしゃるみたいなのでご紹介。私も当時参加していた国交省の国土審議会での日本の国土長期展望という資料群です。 特に私がインパクトを持って見たのは、このスライド。2050年に向けて国土の地点別での人口減少を色分けで示した資料で、白抜きになっているところは人がいなくなる地域です。国土の大部分で人口が疎になっていくのです。さらに市町村別でも政令市レベルでも平均で19.8%減少し、1万人以下のまちにおいては48%減少。人口増加が起こる地域は全体の1.9%にすぎないという予測です。 勿論これから自然災害や移民政策とかで色々と変化もあるかもしれませんが、現在の傾向を引っ張っていくとこうなるよ、という一つの統計であります。 この審議会の席では「もはや均衡ある国土の発展とか言っている場合ではなく、人が残る地域をしっかりと意識して社会資本整備を進めていかなければ総倒れになる」という議論がなされたことも印象的でした。 地域活性化の取り組みとか考えるときにこの大きな変化を認識した上でやらないといけないと思って取り組んでいます。荒波に侵食される岩の如く削られていくわけでございまして、地域の未来を託されている方々がこういう現状ベースでのファクトを基礎としてアクションとらずにどうにかなるだろ、的な考えではいかんと思っています。 あなたのまちの未来はどうなっているでしょうか。 ◯【資料】「国土の長期展望」中間とりまとめ 産官学を横断した全国のまちづくり関係者が購読中。大学の教科書としても採用されている、毎週木曜配信「エリア・イノベーション・レビュー」のお申込みはこちら。 http://air.areaia.jp/

[商店街の不都合な真実]なぜ繁栄している商店街は1%しかないのか (No.1001) | 経営からの地域再生・都市再生 [木下斉]

簡単にいえば、「商店街はまちづくりとかコミュニティがうんぬんやめて、ちゃんと本業頑張ろうぜ」、というテーマの一冊。 著者の方とはひょんな機会でお会いした以降、ご無沙汰していたのですが、今回新著を出されていたので気になってツイートしたら、編集の方から献本頂きました。誠に有難うございます。そして、届いた瞬間に一気読みいたしました。「商店街ってもう衰退しまくっているよなぁ」と思っている商店街活性化とかには当然関わっていない大多数の一般の方に向けて、その業界事情を平易に書くことに徹されているのがよくわかる一冊です。 ◯商店街の自己評価でも繁栄しているのは1% さてタイトルにもなっている「繁栄している商店街が1%しかない」というのは冗談ではないのです。 何年かに一度、中小企業庁の委託調査事業で実施している「全国商店街実態調査」(以下のURLに一式ありますのでどうぞ)の平成21年度版で商店街が自ら「繁栄している」と回答している割合が1%なのです。以下、繁栄の兆しがある2.0%、まあまあ横ばいである17.9%、衰退のおそれがある33.4%、衰退している44.2%と続く。と、一応、商店街自身の主観(贔屓目はいって)でも「うちは繁栄しているよなー」と回答しているところが1%しかないということです。 1970年の調査では、39.5%の商店街が「繁栄している」と回答していたのに・・・・。ということなのですよね。 【参考】全国商店街振興組合連合会公式サイト「商店街実態調査」 ま、じゃあ、なんでこの40年くらいで、一気に繁栄しなくなったのか、という話になるわけです。 かつてはダイエー、今はイオンができたから、ヤマダ電機がきたか、駅内に店が開発されたから、という競合商業集積に対するものか、もしくは駐車場がないから、雨に濡れるから、街灯が少なくて暗いから、監視カメラがなくて安全じゃないから、という自分たちに原因があるのではなく、外部環境要因によって衰退しているのだ、というようなことが言われたりします。。。そして、その対応策が補助金などで支援されたりする。共同店舗を開発して大型店対策をしたり、駐車場開発、アーケード開発、LED街路灯開発、監視カメラ設置などなど、そしてそれらが実施された商店街は活性化したということで「成功事例集」に掲載されていく。。。とまぁそういうわけでございます。 ◯成功事例集にのっている商店街の多くは、活性化していない。 しかしながら、著者は「成功事例集にのっている商店街のほとんどで活性化していなかった」と自身の調査経験から語っています。ま、これは商店街◯◯選とかの商店街をみればよく分かる話です。新・商店街◯◯選にいたってはますますもって。 これは僕も常日頃Twitterとかでも指摘していますが、補助金を入れた案件が失敗したら困るので、「成功事例集に掲載する」という側面があります。あとは特段故意ではなく、成功事例集の調査を実施する際に案件調査のパイプとして全国各地に存在している経済産業局をベースにします。それぞれの経産局の所管エリアの成功事例を出すようにいわれるのですが、当たり前なんですが、経産局の方々の多くは補助金を現場で運用されている方々なので、普段は補助金を申請にきて取り組みをしている商店街のことは熟知されているのです。が、そもそも補助金を使わずして活性化している商店街、もしくは商店街さえ全く関係なく不動産オーナーや一部の事業家とかがやってる活性化の情報というのは、あまり知る術がないのです。つまり経産局にきて「補助金ください」と言わない、勝手にやって成果をあげている商店街活性化事例の情報はあまり耳に入らないということなのです。仕方ないですね。情報は常に非対称なのです。現場の網羅的な情報は、役所の情報ルートでは調査できないのです。 結果として、成功事例集は補助金を使ったケースを中心にとりまとめられざるを得ない、シンボル事業は巨額の補助金を活用したもの、という境遇にあったりします。そして時のシンボル事業は後に必ず経営危機に陥るということも定番です。まちの活性化の『起爆剤』が別の意味で起爆するわけです。起爆済みの再開発事業などは全国に多数ございますが、「失敗事例集」は作られませんので、転ばぬ先の杖がないというところであり、失敗は繰り返されます。 ◯活性化しない理由は「コミュニティ活動」と「まちづくり活動」をやっているから。 これは商店街は地域で社会的価値がある、商店街=コミュニティの担い手といったような解釈で、商店街の共同でのまちづくり活動に補助金を支給してきた、商店街組織での活動に支援をしてきた、その政策コンセプト自体に間違えがあると本書でも指摘しています。これは全くもって私も異論は有りません。 中小商業政策は「産業政策」です。決して社会保障事業ではありません。 しかし中小商業は弱いと決めつけて、それを保護して欲しい、保護しようという方向性で議論が進み、さらにいつのまにかその保護するための補助金の受け皿として商店街振興組合などが地域商業の対象であり、前提になってしまった。農業を振興することが、農協活性化策になってしまっている問題と同じだと指摘しています。知り合いの農業ベンチャーの経営者とも「商店街も農業も似てるね」と前に話していたことがありましたので、これは全くもってそうなってしまっていると感じるところです。個別の中小店舗にとっての商店街施策ではなく、「商店街」という団体に対する支援策になっているわけです。そしてこの根拠を支えるために「商店街は弱いけれども、地域にとって大切でしょ、だから補助金ちょうだいね」という路線になっているわけです。各店舗の私有財産に税金は使えない、税金で金儲けされてはこまるということで、なぜか儲けるためにやっているはずの商店街が、いつのまにやらコミュニティだの、まちづくりだの、といった活動をやるようになっていきます。 かつては儲かっていたので、その儲けを地域活動に資するという、ある意味で富める者として地域を支えるという役割だったのが、いつのまにか儲かりもしないのに地域活動を税金もらってやる、という意味不明な方向に転換していってしまったのです。 結果として貴重な店舗経営にかけるべき時間の多くを、今ある加盟店だけを中心にして、それらを活性化するための施策としては「コミュニティ」と「まちづくり」に絶賛大投入!! 本来、産業政策に必要なのは、「生産性改善」(少ない財で大きなスループットを生み出すことでの社会生産性の向上)を目指しながら、具体的には「新陳代謝の促進」(常に競争があり、より魅力的な商品・サービスが出てくるダイナミクスの確保)です。 共同事業はコストが増大するような設備に投資するのではなく、本来であれば各店舗の財務が改善するようなことに投資するのがあまり前なんです。例えば、商店街は一銭の金も生まない街路灯やカラー舗装に各店舗が負担金を支払うのに対して、工業団地の中小企業組合は、各企業の電力代金を軽減するために共同受電事業に投資します。皆で一括して電気を購入するて電気利用料金単価が引き下がるため、各企業は利益を生みやすくなるandコスト競争力が増す=生産性が向上するという話だからです。つまり産業政策としては、共同して売上のために"なるかもしれない"ようなことにコストを払うのではなく、しっかり利益を生み出すことに貢献する事業に投資すべきなのです。今のモデルとは活性化事業やればやるほど負担が増えるという構造です。 あわせて、組合員向けの事業ではなく、新陳代謝が大切。大手商業にしても芳しくない店舗は退店してもらい次なるテナントを入れます。ネット店舗でも同様に売上の悪い店はどんどんランキングを落としたり、検索にひっかからなくなります。けど、それによってそれぞれは、強いものが常に生き残り、魅力を保っているわけです。 しかし商店街では、既存店舗のオーナーは自分の持ち物件であることもあり、過去の蓄財もあるため、しっかりと新陳代謝を生み出さない期間を経て、結果としては購入する消費者にとっては全く買う動機が見当たらない店ばかりが立ち並ぶ場所になってしまったわけです。 1%しか繁栄していないとしても、業態を一部でも変える店は17.4%に以下のように留まっており、さらにもはや大型店との競争でさえ問題ではなく、もう魅力ある店がなく、後継者もいないと認識している人たちが半数近くを締めるようになっているわです。 それをどんだけ業績が悪くても業態を変えたりせず、同じ人達で経営を続け、さらに商店街としては本業の改善に直結しない「コミュニティ」と「まちづくり」に時間も金も費やしてしまった。...

公共施設も”シェア”の時代。 (No.967) | 経営からの地域再生・都市再生 [木下斉]

地方都市との関わりが多いと、全く信じられないことが沢山ある。 その一つが、数千人のまちであっても、数十万人のまちであっても、同じように公共施設をパッケージ的に作っていこうという流れがある。体育館でも、学校でも、病院でも、図書館でも。ただ行政区域に縛られる必要はなく、もっと互いに融通していくこと前提でやれば負担も少なくてサービス部分に税金も投入できるだろうに、これまでは様々な交付金、補助金などで様々な施設を一巡作っていく「公共施設パッケージ」が展開されてきた。 さらには町民体育館は町民体育館、学校の体育館は学校の体育館、みたいなパターンまで徹底しているところも未だにある。 その結果として、今は維持費に多くの自治体が悩まされている。施設整備は支援はイニシャル、つまり建設費であり、その後の維持費は地元でヤリクリしなければならない。簡単な話、自分の家建てたとしてそれだけで終わらないですよね??水道光熱費もかかれば、定期的に壁とか床とか修繕しなければならないことが出てくる。特に多くの人が利用する施設はこのメンテナンスがとてもかかるので、建設してから、壊すまでの費用(ライフサイクルコスト)は建設費の4倍とも5倍ともなるわけです。もし建設費を半分を国が出してくれるとして、10億円の施設だったとする。5億円は国が出してくれれるということになるわけです。けど施設維持費は5倍の50億円かかるとすれば、5億円もらって、45億円を地元財政(といっても地方交付税とかがあるんですが)でやりくりすることになるわけです。 ただこの維持計画って今まで誰もたてなかった。 なぜならば、長らく右肩上がりの経済だったので、税収も右肩上がり。「どうにかなる」ということで建てていったら、あれ、どうにもならなくなったじゃん。←これが今。 ということで、公共施設なども相互融通しないと、今の状況を維持しているだけで財政破綻しかねない自治体もあるわけです。 とはいえ、「おらがまちにも立派な施設を」みたいな変な地域プライドを持つ人もいたり、なんかよくわからない運動家が「私たちのまちの体育館を守ろう!」とか、維持費なんて無視して「どうせ国が金だしてくれんだからもらえ。地元経済に貢献しろ」みたいなことをいう人がいますが、将来の世代が破綻するので、そんなくだらないプライドや意味不明な提案は諦めてください。 さて以下は、知人がシェアしてくれたケースですが、埼玉県宮代町の町立体育館を閉鎖し、隣接している町の市立学校の持つ体育館に賃貸料を支払って利用させてもらうことにしたそうです。素晴らしい! ■町立体育館「いきがい活動センター」の廃止と新たな利用方法の決定について ほんとこういう変化は素晴らしいですね。色々と担当者の方は大変なことを解決されていったと思いますが、互いに隣接エリアで融通しあっていくことは今後より大切になると思います。 今月のエリア・イノベーション・レビューでもこのテーマは大切なので、ちゃんと扱おうと思っています。自治体の方々などとも連携して、先日立ち上げた公民連携事業機構としても、この流れはちゃんと作って行きたいと思っています。 もう単独施設の時代でないばかりが、各町村単位での施設整備の時代でもなくなったのです。公共のために作った施設で、地域公共が維持できない財政になったら本末転倒。新たな原則に切り替わる時代に入りました。 産官学を横断した全国のまちづくり関係者が購読中。大学の教科書としても採用されている、 毎週木曜配信「エリア・イノベーション・レビュー」のお申込みはこちら。

シャッター商店街の敵は”豊かさ”!? (No.966)

商店街活性化策では常に「シャッター商店街」問題が取りざたされます。 商店街のお店が廃業し、お店が放置されてシャッターを下ろしてしまい、暗~い感じの通りになっている状況を指します。 そこで、少し個人的に地方でプロジェクトやったり、丁稚奉公の旅で全国の商店街回ったりしてきた実感としてある、シャッター商店街の問題構造が、あんまり共有されていないところもあるのでここに書いておきます。ま、全部が全部そういうわけではないでしょうが、こういうパターンもありますよ、ってことです。 まず、シャッター商店街もいくつかのレベルに分かれることもございまして、簡単な末期の流れとしては、 「商店街のお店の80%以上がシャッターを閉める」 →高齢者経営者が経営する店舗が存命中だけ継続するお店が残る(後継ぎは東京や地元で公務員などのパターン。大体商売で稼いだ場合に教育投資をして、子供を東京の有名大学に進学させて大企業へ、という流れを作った商店主は沢山います。) ↓ 「空き店舗がところどころ空き地になる」 →時間貸し駐車場になること多数。これによって一時期「商店街に駐車場がない」という声があったのがこういうところでは、いたるところに止められるようになる。 →アーケードがある場合にアーケードだけが残り、朽ちていき、危険が叫ばれるようになる →街路灯なども維持できず、夜間点灯がまばらor消灯し、治安が悪化    ↓ 「ほぼ空き地化or住宅地化」  →空き地の一部がアパートや民家とかになるパターン(ただ家主は基本、郊外に住宅を持っている場合が都市部の場合には多いので、自宅にするパターンはもう少し小さな商店街の場合。都市部ではアパートとかにすることもある)  →住宅作っても入らないゾーンの場合には、本当の廃墟になっていく。  →アーケード撤去とかを実施する場合も。(けどお金が無くて、撤去補助金をもらうというパターンが最近増加中) みたいな感じで変化していきます。ま、シャッターがあるうちが華みたいなところもあります。 さて、こんなシャッター商店街が誕生、さらに進展していくと、「シャッター商店街をどうにかしなければならない!!!」という論調が一部に出てきたりします。空き店舗問題、みたいな話と言われたりします。 この時の基本的なロジックは、 空き店舗が増加する→商店街として歯抜けになってさらに集積力が低下→もっと空き店舗が増加する だから早目に手を打て!!という話です。ま、それ以前に一応の中心部が衰退したらそもそもどうして駄目なんだ?というあたりもいくつかの意見があり、「まちのシンボルたる中心部が空洞化したらだめだ!」という固定観念による思考停止型、「かつてのにぎわいを失ってさびしいから」というノスタルジー型、「中心部の固定資産税などの低下は市の財政にも響く」といった税収論理型、などなどがあります。 ま、ともあれ色々なパターンから中心部をどうにか活性化するためには、空き店舗を減らしていく必要がある、ということが叫ばれるわけです。 しかしながら、もしシャッター商店街を撲滅させよう、ということに当たっては考えるべき原因には"2つ"あります。「なぜシャッター商店街になるのか」と「なぜシャッター商店街がそのままなのか」というあたりを考えます。 「なぜシャッター商店街になるのか」...