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消滅可能性都市のウソ。消えるのは、地方ではなく「地方自治体」である。 (No.1016) | 経営からの地域再生・都市再生 [木下斉]

今年、増田寛也氏の「消滅可能性都市」のレポートが世間を騒がしています。中央公論新社からも「地方消滅」なるセンセーショナルな新書本が、出されたそうです。しかしながら、この論自体が大変乱暴な意見であると共に、その処方箋そのものは極めて危険である。ますます地方を衰退させかねないので警告します。 昨晩頭にきたので、連続ツイートをしてしまったのですが。その内容は以下に出してあります。 「消滅可能性都市のウソ。消えるのは都市ではなく、地方自治体である。」http://togetter.com/li/705776 このレポートが極めて世の中をミスリードしようとしているのは、2点あります。 (1)都市そのものは消えない、(今の)自治体が消える。「自治体破れて山河あり」 まずこの消滅可能性都市というのは、都市そのものが消えるということではない、ということです。このレポートで消えるといっているのは、女性が減少し出生数が減っていき、人口が1万人を切ると自治体経営そのものが成り立たなくなる、ということを言っているのです。→ http://www.policycouncil.jp/pdf/prop03/prop03_2_1.pdfつまりなくなるのは地方そのものではなく、今の単位のままの地方自治体であって、それは人口減少社会において当たり前な話で、むしろそのために行政改革があるわけです。従来の行政単位のやり方を捨てて、広域行政でサービスを回していく、複数自治体横断で居住・業務両面での立地適正化を図るという対応をしないといけないという、現実に沿って破綻しない社会を実現する行政議論をするのが当然です。このまま行くと自治体は破綻して行政サービスはできなくなりますよ、という何も自分達が変わるという前提がないのが驚愕します。「自治体破れて山河あり」。今の自治体を変えて、変化する社会に対応するほうが現実的です。 (2)処方箋がもはや夢であり政策ではない。もう1つは、政府を批判している体でありながら、処方箋がこれまで何度も政府がやってきた話を焼きまわししているだけという点です。 「東京一極集中をやめろ」というのも幾度と無く叫ばれた言葉です。都市機能を分散移転するとかアイデアはいくらでも出てきますが、東京から奪うという発想事態がイケてません。地方が伸びて、東京以上に魅力的になる方策を独自に考えるのではなく、東京から何かをぶんどろうという発想です。伝統的な地方分権的発想と同じで、権力を地方に戻すという、小さな箱のなかの争いです。 そもそも地方自治体単位での社会減(東京とかにとられる発想からすれば、社会増減の指摘だろう)は、都道府県単位でいえばはるか遠い昔から発生しています。以下の一覧は、総務省統計局統計調査部国勢統計課「国勢調査最終報告書 日本の人口」からひっぱってきた都道府県別人口増減に関する資料です。赤くなっているのが減少している数字のところです。社会減(流入する人口より流出する人口のほうが上回っている)に至っては、戦前から真っ赤っ赤というところが少なくありません。今更これを変えるという案そのものが非現実的で、べき論と曖昧な見込みだけで巨額の財政支出をしたら、むしろ地方に沢山のインフラや医療福祉整備だけがなされて、その財政的重圧で地方の公共サービスが劣化し、さらに人が(特に若者が)住まなくなる可能性のほうが現実的です。そして、それらのツケは僕らの世代が払うことになるのです。 ◯自治体のために人は住んでいるのではないさらに、「地方に若者が戻るようにせよ」「子供を産めよ増やせよ」といったところで、人々はより好条件の職を求めたり、より良い教育を求めたり、より良い都市生活を求めた上で、東京を選択しているわけです。2000年代の10年だけでも首都圏では100万人クラスの社会増があるわけです。政令市一個分の人口が地方から首都圏に集まっているのです。それだけ地方に仕事も、教育も生活も相対的に見てないから、多くの人達は移動しているわけです。結局、厳しい言い方をすれば、地方自治体を主語とするこのレポートに則れば、これまでの地方自治体は地方の若者たちにとって何の魅力もないことしかしてこなかった、残るに値しない、可能性のない地域になっていたのではないでしょうかね。結局仕事作ると言っても、また公共事業を増加させ、公共資産を無駄に増加させてその維持費で将来の自治体がひいひい言うようになるだけでしょう。戦後高度経済成長期の公共ストック問題を今抱えてこんだけ朽ちるインフラ問題とかいっているのですから。ストックを作る間だけの仕事に自分の未来を託しませんよ。普通に。若者たちは馬鹿ではありません。そんなことわかっているからどんどん地方を抜け、政治・行政より相対的に経済が強い大都市へと移動し、戻りもしないのです。 その人達を地方に戻して、子供を産めよ育てよ・・・。それは国策だ。そういうこといっているから人が抜けて自分なりの人生を選択しているのではないでしょうか。若者たちは子供を産み育てるマシーンではありませんよ。どういう見方しているのでしょう。ほんと。 最後に外国からの移民政策については「高度人材に限る」とか言っていますが、そんなのは世界の高度人材の人たちが選択する側です。高度人材なんて世界各国が来て欲しいと思う人材なわけで、売り手市場です。買い手側である日本が「高度人材じゃないとあかんわ」とかいっている段階で、勘違いした上から目線も甚だしい。 ◯既に政策のヒントは地方で起きている。今までどおりやってたら地方自治体が潰れるという当たり前なことを「地方消滅」と称して危機感を煽り、結局は「国がどうにかしろ」「国難だから若者どうにかしろ」というご意見を見るに、全くもってこんな政策打たれたらますます地方から若者もいなくなるなと思わされるところです。 しかしもう政策のヒントは地方で起きています。それをみれば色々なことがわかります。 乱雑な拡大した公共施設を集約し、その集約した施設開発は公共事業ではなく、民間開発事業で実施させて、公共床はテナントとして家賃を支払って入るという方式に変えられるようにする。行政からの支援についても、補助金・交付金ではなく、金融支援策に切り替える。民間施設も同居して公共施設にくる年間のべ数万人~数十万の人たちを対象にした民間商業・サービスを考えて、持続的な仕事をつくる。既存の使われていない空き家などのストックをリノベーションして住める、職場を作れる、都市型産業の形成に向けた政策を考えて、持続的な仕事にしていく。従来のなんでも税金でやるという地方の考え方を改め、経済開発的なアプローチを徹底しなければ、もちないわけです。さらに居住・業務に関しても立地適正化を図って効率化をし、行政サービスも自治体単位で実行せずに複数の自治体が相乗りする共同行政サービスの組合や会社をもっと効率的に走らせて、少ない財源でもサービスを保持できる方策を考えるのが当然でしょう。もっとディテールをちゃんとつめなければ、全く話にならないわけですが、方向性そのものがこのレポートは全く今の実情、これからの未来に適合していません。むしろいま地方で成果をあげているケースをみればこれらの政策的ヒントはあると思うんですが、関係者のお耳にはどうしても届かないようです。 何より「べき論」ではなく、そのべき論を現実に導入・実現していく方策がなければ言って終わりだから、僕らは悩んで色々と全国各地で仲間と共にチャレンジし、小さな成果が出たら他の地域でも試したりをしている。自分達の身銭をきって。リスクを負って。 高みの見物でウソの地方消滅を流布するのはやめて頂きたい。とはいえ、一市民にとっては、くだらない自治体の取り組みをみたら、その自治体を自らが変えることではなく、自治体を替える(自分が違うエリアに移住する)ほうがよっぽど簡単なのです。だからこそ人はダイナミックに移動しているのだと僕は思います。 政策的なヒントは以下のレポートなど見て頂くのがよいかと思います。 http://www.minto.or.jp/print/urbanstudy/pdf/research_01.pdf 毎週火曜配信「エリア・イノベーション・レビュー」のお申込みはこちら。http://air.areaia.jp/

とあるヤマザキショップの奇跡 (No.1004) | 経営からの地域再生・都市再生 [木下斉]

コンビニって、複数の店舗を並列化して情報を統計的に分析し、物量によって規模の経済、範囲の経済を最大限に働かせるために均質化を行うところにその競争力の源泉があると思うわけです。しかしながら、ゆるーいコンビニとして知られるのが、ヤマザキパンがやるデイリーヤマザキやヤマザキショップです。昔からまちにあったような酒屋さんとかがもっともハードル低くコンビニっぽくなれるみたいなところがあります。その反面、当然コンビニとしての競争力ってあんまりなくて、まぁヤマパン売ってるくらいしかないわけですが。。。 と思っていたら、知人がそんなヤマザキショップの中でも世代交代で、本部のコントロールが弱いことを活かしてローカルカスタマイズして魅力的になっている店があるという話を聞いて驚いたわけです。(詳しくは以下に埋め込んだFBのタイムラインを)確かにここまでコンビニが多くなると、薬局とコラボしてみたり、とか色々とコンビニもしますが、店自体がもう少し自由度を図ると面白くなるところもあるのかなーと。勿論、やる人のセンスに依存するわけですが。 どちらにしても経営がうまく行っていない時は、「息子に任せる」ということが極めて大切ですね。なかなかできないことですが。 以下にうまく表示されない場合はこちらをクリック   ◯追記 2014.1.16期間限定だろうけど、以下のTBSの番組でこのお店が冒頭取り上げられています。 「コンビニ独自サービス続々 “長くとどまれる店”に」http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20140115-00000046-jnn-bus_all 毎週火曜配信「エリア・イノベーション・レビュー」のお申込みはこちら。 http://air.areaia.jp/

「補助金依存の悪循環」(No.1003) | 経営からの地域再生・都市再生 [木下斉]

本日upした「補助金依存の悪循環」の画像をブログにも貼り付けておきます。 これは商店街や中心市街地活性化という分野を取り巻く補助金問題をイメージして整理したものですが、様々な方から「漁業も一緒」「農業も一緒」「アートも一緒」などなどフィードバックを頂きました。 このような状況は当然ながら貰う側にも問題がありますが、配る側にも問題があるということでもあると思っています。 麻薬依存症からの脱却同様に、補助金依存症からの脱却は個人だけではなく、組織的問題でもあるので、解決は極めて困難を極めます。ただ重要であるのはトップの意思決定であることは言うまでもありません。補助金をもらわない、もらわないでもやれるようにする。やらない場合は一度組織を解散する、くらいの気概の意思決定をしないと、なあなあと続いていき、結局活性化なんかないけど、自分たちの組織維持のために事業をやり続けていき、財政などの方針に左右され、予算が減らされて潰れるということになったりします。 ということで、やはりこういうループに入らないように、入ったら抜け出て自立してやっていくと決断することがトップに求められているのではないかと思っています。トップでさえこういう依存環境を受け入れてしまったら、もう相手のなすがままです。自分たちの地域の魅力を自ら生み出していけるよう、私も微々たる力ではありますが、頑張ってまいりたいと思っています。 以下は本画像に関するツイートです。皆さんが色々と参考になるご意見をくださっております。 http://twitpic.com/drg98x に関するツイート 毎週火曜配信「エリア・イノベーション・レビュー」のお申込みはこちら。http://air.areaia.jp/

商店街にとってアーケードの存在はいいことですか、わるいことですか? (No.991) | 経営からの地域再生・都市再生 [木下斉]

昨日、友人のG-netの秋元氏より朝一番で「商店街にとってアーケードの存在はいいことですか、わるいことですか?」という直球勝負なご質問を頂いたのを発端にしてやりとりをさせてもらいました。それを少し加筆修正して掲載します。 商店街のアーケード問題ってもう長らくというか、僕が商店街に関わるようになった15年ほど前からずーっと言われている話で、「アーケードを撤去すべきかいなか」「アーケードを維持する資金を稼がなくてはならない」とか結局のところ、あれだけの巨大建築物の維持は頭痛の種だったりします。 しかも、知らない市民の方もいるのですが、アーケードの多くは商業者たちによって組織されている商店街振興組合が、組合員から負担金を集め、それだけでは足りないので主体的に補助金を国や市町村からもらいつつ、さらに高度化資金などの制度融資を受けて建設・管理しています。道路の上にあるので自治体が建てていると思っている人もいるみたいですが、基本的には違って、「商業者たちがお願いしているから建てさせている」というのが基本的な体です。 アーケードは数億円、数十億円と建設費がかかり、さらに毎年数百万円、数千万円の維持費がかかり、それらを商店街振興組合に加盟する組合員の分担金を原資に上記のような補助金と制度融資で建設費は補助しつつ、しかし維持費は商店街の自前で賄うという構造です。 近年の商店街加盟店舗の経営難の状況で、この分担金を支払うのが苦しくなってきており、それを原因で商店街振興組合から離脱する店も多く、新規加盟も低迷していたりもします。メリットはアーケードがあることと言われても、それだけの自分達の店の経営にプラスがあるとは思わないというわけですね。 さらに、商店街振興組合の理事は制度融資を受ける際に「連帯保証人」のはんこを押していたりします。つまりアーケードの巨額の負債の連帯保証責任を負ったりしているのです。正直、自分の懐に一切お金は入ってこない(というか出て行く)ものの連帯保証人というものをするというのは、経済原則的にアウトなわけですが、ま、それが慣例としてやってきました。新規理事にこの連帯保証責任を負わすとなると引き受け手がいないので、建設時の理事メンバーが死ぬまで負っている場合がありますが、それでも死んでしまったら新たな保証人をたてないといけないということもあり、理事の引き受け手が出てこないという問題も実はあったりします。ある商店街振興組合では解散するにあたり、理事長が多額の負債を支払ったということもありますし、破綻するにできずにリビングデッドになっている商店街とそのアーケードもあります。 恐ろしいことにアーケードは老朽化するので、お金がなくても朽ちていきます。結果として、朽ちたアーケードは公道上の危険なものになったりします。実際にアーケードやアーチなどが老朽化して、市民が下敷きになって怪我や時には死亡事故になったりもしています。 とまぁアーケードと商店街振興組合という構造は結構根が深かったりします。 ◎秋元氏 : 商店街にとってアーケードの存在はいいことですか、わるいことですか?あるいはどういう場合には良くて、どういう場合には悪いですか? ■木下 : 私は商店街が自ら整備するアーケードは「貴族の設備」と思っています。とんでもない金額が常にかかり続ける巨大建築物だからです。だから、お金のありなしで判断します。 そもそも戦後の近代アーケードの発祥の地である北九州魚町は、朝鮮戦争特需でボロ儲けして、その資金の行き先がなくて、ひとまず小倉城を商業者の資金で再建して、さらにそれでも余ったから、アーケードを当時の建設省の許可無く勝手に立て始めたという経緯と聞いています。なので、お金がありあまってる商業者が構成している商店街は、自分達ので判断してアーケードをしっかりと整備して、個別の事業者が持つ建築物では提供できない機能を皆で作るのはいいと思います。つまり、商品、価格、サービスなどの競争力は万全で、これをより強固にするための手段としてアーケードを作るって話ですね。 けど、お金ない事業者はアーケードみたいな直接的な投資対効果がみられにくい設備にお金投資するくらいなら、その資金を自分達の本業に対して投資すべきと思っています。新商品開発したり、店舗改装したり、従業員教育したり、ともっと資金を経営基盤の強化のために投資すべきです。 これとは別に、自治体とかが雪があるから中心部にアーケードが必要だとか色々と言うのであれば、社会資本整備としてちゃんとやればよくて、商業者の活性化とは全く関係ありません。イマドキ、屋根があるだけで買い物にくるなんて人は少ないし、その少ない人達のために数億円かかる設備に投資する投資対効果なんてありませんから。 今、全国各地でアーケードを撤去していっている商店街は沢山ありますので、僕はオープンモールにして、既存建築のまま若い人たちにリノベーションかけて店舗や住まいとかにしてもらうという形がやっぱりいいなーと思っています。自分としての実践的にも、その他の実例的にも。 ◎秋元氏 :Read More

60%の地域で人口は半減し、人口が増加するのは1.9%の地域だけ。 (No.984) | 経営からの地域再生・都市再生

結構有名な資料だと思っていたのですが、意外と知らない方もいらっしゃるみたいなのでご紹介。私も当時参加していた国交省の国土審議会での日本の国土長期展望という資料群です。 特に私がインパクトを持って見たのは、このスライド。2050年に向けて国土の地点別での人口減少を色分けで示した資料で、白抜きになっているところは人がいなくなる地域です。国土の大部分で人口が疎になっていくのです。さらに市町村別でも政令市レベルでも平均で19.8%減少し、1万人以下のまちにおいては48%減少。人口増加が起こる地域は全体の1.9%にすぎないという予測です。 勿論これから自然災害や移民政策とかで色々と変化もあるかもしれませんが、現在の傾向を引っ張っていくとこうなるよ、という一つの統計であります。 この審議会の席では「もはや均衡ある国土の発展とか言っている場合ではなく、人が残る地域をしっかりと意識して社会資本整備を進めていかなければ総倒れになる」という議論がなされたことも印象的でした。 地域活性化の取り組みとか考えるときにこの大きな変化を認識した上でやらないといけないと思って取り組んでいます。荒波に侵食される岩の如く削られていくわけでございまして、地域の未来を託されている方々がこういう現状ベースでのファクトを基礎としてアクションとらずにどうにかなるだろ、的な考えではいかんと思っています。 あなたのまちの未来はどうなっているでしょうか。 ◯【資料】「国土の長期展望」中間とりまとめ 産官学を横断した全国のまちづくり関係者が購読中。大学の教科書としても採用されている、毎週木曜配信「エリア・イノベーション・レビュー」のお申込みはこちら。 http://air.areaia.jp/

[商店街の不都合な真実]なぜ繁栄している商店街は1%しかないのか (No.1001) | 経営からの地域再生・都市再生 [木下斉]

簡単にいえば、「商店街はまちづくりとかコミュニティがうんぬんやめて、ちゃんと本業頑張ろうぜ」、というテーマの一冊。 著者の方とはひょんな機会でお会いした以降、ご無沙汰していたのですが、今回新著を出されていたので気になってツイートしたら、編集の方から献本頂きました。誠に有難うございます。そして、届いた瞬間に一気読みいたしました。「商店街ってもう衰退しまくっているよなぁ」と思っている商店街活性化とかには当然関わっていない大多数の一般の方に向けて、その業界事情を平易に書くことに徹されているのがよくわかる一冊です。 ◯商店街の自己評価でも繁栄しているのは1% さてタイトルにもなっている「繁栄している商店街が1%しかない」というのは冗談ではないのです。 何年かに一度、中小企業庁の委託調査事業で実施している「全国商店街実態調査」(以下のURLに一式ありますのでどうぞ)の平成21年度版で商店街が自ら「繁栄している」と回答している割合が1%なのです。以下、繁栄の兆しがある2.0%、まあまあ横ばいである17.9%、衰退のおそれがある33.4%、衰退している44.2%と続く。と、一応、商店街自身の主観(贔屓目はいって)でも「うちは繁栄しているよなー」と回答しているところが1%しかないということです。 1970年の調査では、39.5%の商店街が「繁栄している」と回答していたのに・・・・。ということなのですよね。 【参考】全国商店街振興組合連合会公式サイト「商店街実態調査」 ま、じゃあ、なんでこの40年くらいで、一気に繁栄しなくなったのか、という話になるわけです。 かつてはダイエー、今はイオンができたから、ヤマダ電機がきたか、駅内に店が開発されたから、という競合商業集積に対するものか、もしくは駐車場がないから、雨に濡れるから、街灯が少なくて暗いから、監視カメラがなくて安全じゃないから、という自分たちに原因があるのではなく、外部環境要因によって衰退しているのだ、というようなことが言われたりします。。。そして、その対応策が補助金などで支援されたりする。共同店舗を開発して大型店対策をしたり、駐車場開発、アーケード開発、LED街路灯開発、監視カメラ設置などなど、そしてそれらが実施された商店街は活性化したということで「成功事例集」に掲載されていく。。。とまぁそういうわけでございます。 ◯成功事例集にのっている商店街の多くは、活性化していない。 しかしながら、著者は「成功事例集にのっている商店街のほとんどで活性化していなかった」と自身の調査経験から語っています。ま、これは商店街◯◯選とかの商店街をみればよく分かる話です。新・商店街◯◯選にいたってはますますもって。 これは僕も常日頃Twitterとかでも指摘していますが、補助金を入れた案件が失敗したら困るので、「成功事例集に掲載する」という側面があります。あとは特段故意ではなく、成功事例集の調査を実施する際に案件調査のパイプとして全国各地に存在している経済産業局をベースにします。それぞれの経産局の所管エリアの成功事例を出すようにいわれるのですが、当たり前なんですが、経産局の方々の多くは補助金を現場で運用されている方々なので、普段は補助金を申請にきて取り組みをしている商店街のことは熟知されているのです。が、そもそも補助金を使わずして活性化している商店街、もしくは商店街さえ全く関係なく不動産オーナーや一部の事業家とかがやってる活性化の情報というのは、あまり知る術がないのです。つまり経産局にきて「補助金ください」と言わない、勝手にやって成果をあげている商店街活性化事例の情報はあまり耳に入らないということなのです。仕方ないですね。情報は常に非対称なのです。現場の網羅的な情報は、役所の情報ルートでは調査できないのです。 結果として、成功事例集は補助金を使ったケースを中心にとりまとめられざるを得ない、シンボル事業は巨額の補助金を活用したもの、という境遇にあったりします。そして時のシンボル事業は後に必ず経営危機に陥るということも定番です。まちの活性化の『起爆剤』が別の意味で起爆するわけです。起爆済みの再開発事業などは全国に多数ございますが、「失敗事例集」は作られませんので、転ばぬ先の杖がないというところであり、失敗は繰り返されます。 ◯活性化しない理由は「コミュニティ活動」と「まちづくり活動」をやっているから。 これは商店街は地域で社会的価値がある、商店街=コミュニティの担い手といったような解釈で、商店街の共同でのまちづくり活動に補助金を支給してきた、商店街組織での活動に支援をしてきた、その政策コンセプト自体に間違えがあると本書でも指摘しています。これは全くもって私も異論は有りません。 中小商業政策は「産業政策」です。決して社会保障事業ではありません。 しかし中小商業は弱いと決めつけて、それを保護して欲しい、保護しようという方向性で議論が進み、さらにいつのまにかその保護するための補助金の受け皿として商店街振興組合などが地域商業の対象であり、前提になってしまった。農業を振興することが、農協活性化策になってしまっている問題と同じだと指摘しています。知り合いの農業ベンチャーの経営者とも「商店街も農業も似てるね」と前に話していたことがありましたので、これは全くもってそうなってしまっていると感じるところです。個別の中小店舗にとっての商店街施策ではなく、「商店街」という団体に対する支援策になっているわけです。そしてこの根拠を支えるために「商店街は弱いけれども、地域にとって大切でしょ、だから補助金ちょうだいね」という路線になっているわけです。各店舗の私有財産に税金は使えない、税金で金儲けされてはこまるということで、なぜか儲けるためにやっているはずの商店街が、いつのまにやらコミュニティだの、まちづくりだの、といった活動をやるようになっていきます。 かつては儲かっていたので、その儲けを地域活動に資するという、ある意味で富める者として地域を支えるという役割だったのが、いつのまにか儲かりもしないのに地域活動を税金もらってやる、という意味不明な方向に転換していってしまったのです。 結果として貴重な店舗経営にかけるべき時間の多くを、今ある加盟店だけを中心にして、それらを活性化するための施策としては「コミュニティ」と「まちづくり」に絶賛大投入!! 本来、産業政策に必要なのは、「生産性改善」(少ない財で大きなスループットを生み出すことでの社会生産性の向上)を目指しながら、具体的には「新陳代謝の促進」(常に競争があり、より魅力的な商品・サービスが出てくるダイナミクスの確保)です。Read More

公共施設も”シェア”の時代。 (No.967) | 経営からの地域再生・都市再生 [木下斉]

地方都市との関わりが多いと、全く信じられないことが沢山ある。 その一つが、数千人のまちであっても、数十万人のまちであっても、同じように公共施設をパッケージ的に作っていこうという流れがある。体育館でも、学校でも、病院でも、図書館でも。ただ行政区域に縛られる必要はなく、もっと互いに融通していくこと前提でやれば負担も少なくてサービス部分に税金も投入できるだろうに、これまでは様々な交付金、補助金などで様々な施設を一巡作っていく「公共施設パッケージ」が展開されてきた。 さらには町民体育館は町民体育館、学校の体育館は学校の体育館、みたいなパターンまで徹底しているところも未だにある。 その結果として、今は維持費に多くの自治体が悩まされている。施設整備は支援はイニシャル、つまり建設費であり、その後の維持費は地元でヤリクリしなければならない。簡単な話、自分の家建てたとしてそれだけで終わらないですよね??水道光熱費もかかれば、定期的に壁とか床とか修繕しなければならないことが出てくる。特に多くの人が利用する施設はこのメンテナンスがとてもかかるので、建設してから、壊すまでの費用(ライフサイクルコスト)は建設費の4倍とも5倍ともなるわけです。もし建設費を半分を国が出してくれるとして、10億円の施設だったとする。5億円は国が出してくれれるということになるわけです。けど施設維持費は5倍の50億円かかるとすれば、5億円もらって、45億円を地元財政(といっても地方交付税とかがあるんですが)でやりくりすることになるわけです。 ただこの維持計画って今まで誰もたてなかった。 なぜならば、長らく右肩上がりの経済だったので、税収も右肩上がり。「どうにかなる」ということで建てていったら、あれ、どうにもならなくなったじゃん。←これが今。 ということで、公共施設なども相互融通しないと、今の状況を維持しているだけで財政破綻しかねない自治体もあるわけです。 とはいえ、「おらがまちにも立派な施設を」みたいな変な地域プライドを持つ人もいたり、なんかよくわからない運動家が「私たちのまちの体育館を守ろう!」とか、維持費なんて無視して「どうせ国が金だしてくれんだからもらえ。地元経済に貢献しろ」みたいなことをいう人がいますが、将来の世代が破綻するので、そんなくだらないプライドや意味不明な提案は諦めてください。 さて以下は、知人がシェアしてくれたケースですが、埼玉県宮代町の町立体育館を閉鎖し、隣接している町の市立学校の持つ体育館に賃貸料を支払って利用させてもらうことにしたそうです。素晴らしい! ■町立体育館「いきがい活動センター」の廃止と新たな利用方法の決定について ほんとこういう変化は素晴らしいですね。色々と担当者の方は大変なことを解決されていったと思いますが、互いに隣接エリアで融通しあっていくことは今後より大切になると思います。 今月のエリア・イノベーション・レビューでもこのテーマは大切なので、ちゃんと扱おうと思っています。自治体の方々などとも連携して、先日立ち上げた公民連携事業機構としても、この流れはちゃんと作って行きたいと思っています。 もう単独施設の時代でないばかりが、各町村単位での施設整備の時代でもなくなったのです。公共のために作った施設で、地域公共が維持できない財政になったら本末転倒。新たな原則に切り替わる時代に入りました。 産官学を横断した全国のまちづくり関係者が購読中。大学の教科書としても採用されている、 毎週木曜配信「エリア・イノベーション・レビュー」のお申込みはこちら。

商店街活性化 | 経営からの地域再生・都市再生

二回連続でまちを変えるために必要なことって何だろうか、という観点からブログを書いていました。まち起業を促進しなければいけない、イベントばかりやっていたらいけない、のは今のまちの衰退は、構造的な課題を招いている背景には、そのマネジメント手法などの方法論と共に、主体者(地権者・事業者)のやる気がなくなってしまったりしていることも多いため、新陳代謝が全てに優先される、というポジションに立っています。 ■ブログ「「まち起業率」がまちの未来を決める (No.927)」「イベントを恒常的な取り組みにするためのポイント (No.928)」 私が役員やってる熊本城東マネジメントでは、ここ3年間の廃棄物処理の合同化で生まれた基金の一部を利活用して、オーナーと合同し、今年は新たなシェアハウスやオフィスなどの整備を中心部で計画しています。その他のパートナーエリアでも積極的に、新たなまち起業を喚起できるよう地域での取り組みを強化しています。 しかしこの時に重要なのは、逆算です。このネタについては改めて整理しますが、まち起業を喚起するのにスペースを用意するのも「見込み」とかで投資する時代ではなく、あくまで逆算を基本として考えています。開発前に一定の面積を埋め、キャッシュフローを確定させてから、投資をする。需要見込ではなく、実数としての需要を開拓してから投資です。 ただ、そういうまち起業したい人とどう接点を持てばいいのか、という話が出てきます。新たな層をいかにしてキャッチしていくのか、というテーマはまさにリーシングテクではあるのですが、これまでのようなリース対象の店とかではない、全くあらたな層の取り込みとなると、ルートそのものが異なります。 さらに、オーナーか運営会社が民間として投資をして回収するビジネスとして展開することが大切。これはエリアバリューを上げる上で、周囲の物件で再現可能なビジネスモデルであることが大切で、補助金などに依存すると結局のところ予算が外から入らないと動かないということになってしまいます。なので、民間で十分に投資回収ができること。とんでもなく儲かる必要はなく、今は空いていていい条件で借りてくれる人なんてこの時代にそう簡単に出てきませんので、自分で動かして価値をつくろうとしているオーナーさんのマネジメント方針があるのが不可欠です。 また起業メソッドは、・これまでと異なる層が中心部にはいってビジネス(まち起業)するための事業であること・先行投資型ではなく、実数積み上げて、損益分岐点を突破すること・遊休不動産をオーナー自らが賃貸借可能な最低限家賃を考えなおすこと・民間で投資して回収できるビジネスにすること(投資金額を回収可能な金額にすればいい) これはイノベーションのジレンマの突破です。中心市街地不動産のジレンマ突破であり、さらにしいては地域としての産業活力の創造につながっています。衰退する地域産業は新陳代謝が不可欠。これまでの顧客を対象に性能をあげて、高付加価値化を狙っていた中心部ですが、そんなんじゃなくて、もっと簡易な性能(不動産自体でちゃんと整備していないとか)の劣るもので、安く提供してあげたほうが、より大きなマーケットがあり、今後の成長余力もある。だから新たな層の取り込みは、短期的にリーシング対象の層はお金を沢山もっていない小規模な方々が最適で、高級路線ではないのが大切なんです。これは前述のまち起業~のブログをお読みください。 ということで、話を戻します。こういう方法にはいくつかパターンがありますが具体的なものを題材にしたほうが分かりやすいので、私が仕掛けている人たちをよく存じ上げている北九州と枚方のケースを今日はふれさせていただきたいと思います。私も今年度は必ずやこのカテゴリは攻めます。 [北九州市]■メルカート三番街、ポポラート三番街公式サイト■ポポラート三番街記事■メルカート三番街事例集「三番街事業と魚町サンロード商店街のエリアマネジメント(1)」 ■(ブログ)北九州市魚町の木造ビルを改築した「Mercato3番街」の意味するコト (No.895) 北九州のメルカート三番街のケース私も過去のブログで触れている通りですが、この4月からポポラート三番街という新たなスペースが開設されました。こちらは、mercato三番街も開設されている裏手の商店街で市を開催したりして集まったり、そのmercato3番街自体のインパクトに反応した、自分でものを作って販売したいという意思のある方が結構いて、そういう人たちを60名ほど集めて開設されました。プロデューサーである嶋田さんが全体の8割は新規開業組、あとは自宅や他で店やってた人が中心部に移転してきた層とのこと。 これもまさに先の「まち起業メソッド」に沿っています。既に周囲の不動産オーナーも関心をもって、次のエリアバリュー創造のステージを目指して動きが拡大しています。 [枚方市]■五六市公式サイト■枚方鍵屋別館公式サイト■枚方鍵屋別館リノベーションプロジェクト資料 Sartoの加藤さんたちが仕掛けている五六市は、枚方活性化のために毎月第に土曜日に開設している市です。この市は参加料が必要なので、参加料収入があがるが、土地代とかは土曜日の使っていない商店街の空き地とかをただで貸してもらっているので、運営費を差し引いて差益がでる。これを利活用し、さらに参加者の中ではやはり頭角を現す素晴らしい方もいるということでセットで、その五六市の中心部にあった鍵屋別館さんをリノベーションして、新たな物販店が集まるビルに生まれ変わっています。 これも「まち起業メソッド」の王道です。こちらも他物件オーナーからの相談も相次いでいる状況に。 [ポイント]ひとまずブログなのでこの程度で。(詳しくは本か別の機会に掘り下げていきますので、その時ぜひ)これらの事業の背後にはまちの中心性を牽引するミッション性とヴィジョンをリーディングチームが共有していることが肝心です。極端、単に短期的にどうこうしようと思えばもっといいビジネスは沢山ありますが、構造的に新たな層に中心部に出てきてもらおうとする不動産オーナー、出てきたいと思っていたがこれまでは無理だった人々、そしてそれらをプロデュースするプロ。こういう三位一体が地域で起きてこそ、中心部は中心部たるポジションにあると思います。 ということで、今年度は色々と北九州や枚方でも色々とご一緒しつつ、その他の地域でもこの手のプロジェクトを仕掛けて頑張っていきたいと思っています。私としては、メソッドとして体系的に固めるのも頑張りたい。

自治体による大型店規制-70年代と現代(福島県条例)を元に- | 経営からの地域再生・都市再生

今日からまた一週始まります。いよいよ冬といった空気で、今日は今年初めてマフラーを手に取ることになりました。午前中の大学院の経営組織の講義で出していたレポートが返却され、ひと段落です。レポートの内容としてはダイエーの90年代以降の業績不振に対する組織改変、特にカンパニー制度の導入廃止などの過程について書いたもので、このブログとも関係する流通系の内容なので、今度ここで話したいと思います。 六角橋商店街また、先週の金曜日には神奈川大学の中田信哉教授にお会いしてきました。物流などをはじめ、幅広く商業関係の研究されており、政府系の各種審議会での委員などを務められるなど政策面でも活躍されています。また著書も多いため、ご存知の方も多いのではないでしょうか。元々が民間企業、民間研究所出身ということもあり、大変参考になるお話をお聞きできました。(□ロジスティクス入門□ 明日の宅配便市場など)その折に丁度、神奈川大学の最寄り駅である六角橋商店街のふれあい通りを初めてみました。(左写真・参照)仙台などを始め、大都市部でも一部かつての闇市がいまだに整理されずに残っているケースがありますが、飲食店などが中心なのを記憶しています。しかしながら、ここの場合には物販などもかなりあり、表通りにはない不思議な空間だと感じさせられました。 ■本日の主題「自治体による大型店規制」さて、もっとこのブログでも早く取り扱うべきだったのかもしれませんが、自治体に関する大型店出店規制について本日は取り上げられれば、と思います。先月、福島県議会にて「福島県商業まちづくりの推進に関する条例」が可決され、全国自治体から問い合わせが相次いでいるようです。以前このブログにおいて、基礎的自治体規模(市町村)で決定可能な大型店出店において、広域的調整などが広域自治体、もしくは政府などで必要なのか、必要な場合にはどのように可能であるのか、と書いたことがありました。また自治体による大型店規制は、70年代などにも見られました。当時の大型店は1500m^2未満の店舗を規制したため、自治体によっては自主的に条例や要綱を制定した(石原、2000)ことが言われます。当時は、大店法では規制しきれない中型店舗(200-300m^2以上など)とするものがあり、全国不統一な状況を打開すべく大店法の改正が行われた(第二次大店法)といわれています。 今回の福島県による規制アクションは広域自治体が、基礎的自治体の意思決定とは別に、大型店出店を規制しようとする内容であると理解できます。 まず今回の規制内容としては、しっかりと内容を見る必要があります。今回の規制を簡単にまとめると、 ?∥膩薪垢僚佚昂弉菽奮?(大規模小売店舗立地法手続きに先立つ形)での届け、説明会開催、を義務付け??県は内容を審議会等で審議会への諮問と答申を経て大型店側に建設予定地の変更などを事業者で通知??事業者は対応を県に報告?ぢ弍?が不十分な場合は勧告し、その事実を県報に掲載 という流れとなっています。まず百貨店法のような許可制や大店法のような届出制(きわめて許可制に近い)などの出店自体に対していの強制権があるものではないです。あくまで計画の届出と説明会等の開催といった、情報開示を義務付けるものであり、たとえ県の通知への対応策が不十分だと判断されても勧告されて、県法に通知されるだけと言えます。ただし、企業側も道義的な問題意識から、やはり自治体から歓迎されない道を選ぶことは行いにくいため、実際は上記の流れに可能な限り沿うことになると考えられます。 また出店自体を規制する意図というよりは、あくまで「郊外」から「中心市街地」に誘導することを狙っている内容と知事の発言なじからも伺えます。(細かい発言を見ると、あくまで郊外に出店するのではなく、中心市街地へ。という言葉があります。ただマスコミによっては削除されてしまっています。)ただし、事実上郊外への大型店出店への勧告というケースが予想されるため、近年の郊外SCの流れへの規制的色合いを持っていると言えます。 また、「大店法の復活」的な扱いをしているケースがあります。どうやら大店立地法への届けに際して事前に自治体側で協議するというのは、大店法時代を彷彿とさせるようです。ただし、大店法と異なる点としては、まず届出は出店予定地などの立地に限定された内容となっており、大店法時の事前調整4項目はどれも考慮対象となっていません。また、商調協(商業活動調整協議会)のように地元の商工会議所や商工会といった商業関連団体が事務局を担うものではなく、また構成も学識経験者などの専門家を中心とするようで、地元小売商業者の代表などは含まれる予定もパブリックコメントなどを見てもなさそうです。さらには事前商調協、事々前商調協といった、ある意味では公的規制の枠組み外で運用されて事実上の強制権を持つのではないか、という意見に関しては、大店法と同じ轍を踏むようにも思えません。 先般報道もされていますが、都市計画法の改正試案などを見ても、基本的に開発自体がまず住民に支持されるものであるか、という視点であるかと思います。かつてのような行政主導での規制制度ではなく、あくまで住民主体的な色合いが法律全般に強くなっているということを感じます。この時点で必要なのは、スケールとタイムスパンの2つの問題があると考えられます。前者は住民や政治決定を行う主体の規模の問題であり、後者は短期的スパンでの価値判断か、長期的スパンでの価値判断の問題と言えます。郊外大型店の開発では、地権者といったようなかつてのような関係者区分では不十分であることは言うまでもなく、立地する基礎的自治体だけでも不十分である実態があります。これらの場合に、自治体の意思決定、住民の意思判断をどこまでの範囲で問うべきなのか、も大変重要な問題となってきます。さらには、長期リスクをどれだけ測定できるか、というのも重要です。短期的には魅力的な店舗が来てくれることは住民(或いは消費者)にとっては歓迎すべきことで、基礎的自治体などにとっても固定資産税や地方消費税などは大変魅力的なものです。ただし、長期的には市場環境の変化、企業経営上の問題も含めて撤退などのリスクがゼロではありません。その場合にどのように影響が出るのか、その場合にはどのような対応策を講じるのか、なども同時に住民などに開示する必要があります。 今回の条例は大型店立地を中心市街地に誘導するという方法論を具体化したことは意味があります。これは、先般このブログでも紹介した、敬愛大学のbitaotao助教授の論文でも指摘されている、大型店と中小商業との共存関係から見ても、合理性のある施策です。ただし、大規模競争に入っている大型店からすると、競争局面を変えるようなインセンティヴが中心地にあるか、というか怪しいところではあり、事実上、立地を強制されるような形になっています。私としては今回の条例は、業態間競争論から離れて中心地に商業集積を集約するという意思決定を政治的にも行ったことは大きく評価できるものと思います。またこれまで戦略的な意思決定ができず、「郊外も開発する。しかしながら中心市街地活性化もする」という矛盾に満ちた政策をとってきた自治体とは異なり、明確に中心市街地への機能集中を図ろうとする姿勢が見て取れます。経済産業省などの戦略的中心市街地活性化などの方向性に沿うものであり、そのあたりも政府的からは特に歓迎される内容でしょう。今後、「郊外or中心市街地」の意思決定を迫られた際の意思決定の1ケースと言えるかもしれません。 その一方で、行政が専門家主導で出店への勧告などを行おうとするアプローチは、厳しい言い方をすると少々前時代的なものだとも考えます。今回の条例案は一定の評価を与えつつも、今回の条例は今後の実際の運用時に基礎的自治体の誘致合戦などにおいて、県という広域自治体がどのように立ち振る舞うのか、が大変興味深いものとなります。また実際に大型店がどのように対応するのかも、も注目ではあります。 郊外開発規制を行うことが、中心市街地活性化に寄与するロジックは長らく言われてきました。欧米各国の規制制度を見ても同様のものが見られます。ただし忘れてならないのは、業界内規制だけで産業が活性化するか、というと各国のケースを見ても、規制とともにさらに中心市街地側の自主的な土地利用の活発化や中小商業集積の再構築などを誘導する施策を講じています。何より、中心市街地地権者や中小商業主たちが活発に行動に出ています。 今回の条例はあくまで、無秩序な開発を制限するもので、商業を救うものではない、と明確に分かるようになっています。郊外大型店規制=中小商業を救う商業規制、と受け取られてしまうのは大変残念でのもあります。中心市街地側の商業主などもこのような制度が出来たからといって、「よかった救われる」などといったような意見を出しているのには違和感を覚えるところです。 現代の商店街の衰退は、商業における市場の変化とともに、大店法などの規制制度で守られてきたことで商業集積としての競争力が弱体化したとも言えます。自分たちがどうするのか、それが最も問われていることを忘れ、規制に縋ろうとしても消費者の支持は得られないのでしょう。その反映として、福島県に寄せられている意見の中には、イオンはじめ大型店が地方にもたらした魅力的な消費を支持する意見が出されています。商店街関係者も賛否両論の否定派の意見にも一理あることを忘れてはならないと感じさせられました。 明日は、規制の動きとともに進められる大型店への「地域貢献計画」の要求と、大型店出店企業のCSR活動について書きます。

2007年03月21日の記事 | 経営からの地域再生・都市再生

昨日は予告していた通り報告会を開催いたしました。この年度末の忙しい時期にも関わらず、60名以上の方にご参加いただきまして、大変実りある機会となりました。 時間に限りがありましたので、報告書の内容(250p程度)を全て伝えるのは不可能なのでエッセンスを抽出して報告させて頂きました。英米を中心に取り扱っていますが、市街地を民間で活性化する際にマネジメントを用いるのはグローバルスタンダードです。その中身は非常に日本においても参考になる内容で、ZonePropertyManagement(私が勝手に命名)などは既に国内でもいくつかの動きを私も始めています。 また早稲田の安井さん、法政大の保井先生からも大変貴重な意見を色々と頂きました。保井先生は今月西海岸の調査視察をされてこられ、プチバブルの発生やTIFの活用といった制度的なインセンティヴが効果的に機能している状況についてお話くださいました。安井さんからも既存事業者にこだわらず、新しい血を入れる重要性についての指摘がありました。 昨日の内容の詳細は配布した資料を以下に貼り付けておきましたのでご覧ください。 ■報告会資料ダウンロード(2007.03.20) 空洞化の原因は各国に差異がありますが、問題には共通要素が多くあります。今後は現場レベルで諸外国の団体と関係を構築して、互いの問題を協働で色々と解決していくことを検討したいと思います。 この春からは市街地再生に関しては研究段階を終え(2003年から2006年)、複数地域にプログラムを導入していく段階に入ります。このブログも各地区の報告などを中心に取り扱う機会が多くなるかもしれません。

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消滅可能性都市のウソ。消えるのは、地方ではなく「地方自治体」である。 (No.1016) | 経営からの地域再生・都市再生 [木下斉]

今年、増田寛也氏の「消滅可能性都市」のレポートが世間を騒がしています。中央公論新社からも「地方消滅」なるセンセーショナルな新書本が、出されたそうです。しかしながら、この論自体が大変乱暴な意見であると共に、その処方箋そのものは極めて危険である。ますます地方を衰退させかねないので警告します。 昨晩頭にきたので、連続ツイートをしてしまったのですが。その内容は以下に出してあります。 「消滅可能性都市のウソ。消えるのは都市ではなく、地方自治体である。」http://togetter.com/li/705776 このレポートが極めて世の中をミスリードしようとしているのは、2点あります。 (1)都市そのものは消えない、(今の)自治体が消える。「自治体破れて山河あり」 まずこの消滅可能性都市というのは、都市そのものが消えるということではない、ということです。このレポートで消えるといっているのは、女性が減少し出生数が減っていき、人口が1万人を切ると自治体経営そのものが成り立たなくなる、ということを言っているのです。→ http://www.policycouncil.jp/pdf/prop03/prop03_2_1.pdfつまりなくなるのは地方そのものではなく、今の単位のままの地方自治体であって、それは人口減少社会において当たり前な話で、むしろそのために行政改革があるわけです。従来の行政単位のやり方を捨てて、広域行政でサービスを回していく、複数自治体横断で居住・業務両面での立地適正化を図るという対応をしないといけないという、現実に沿って破綻しない社会を実現する行政議論をするのが当然です。このまま行くと自治体は破綻して行政サービスはできなくなりますよ、という何も自分達が変わるという前提がないのが驚愕します。「自治体破れて山河あり」。今の自治体を変えて、変化する社会に対応するほうが現実的です。 (2)処方箋がもはや夢であり政策ではない。もう1つは、政府を批判している体でありながら、処方箋がこれまで何度も政府がやってきた話を焼きまわししているだけという点です。 「東京一極集中をやめろ」というのも幾度と無く叫ばれた言葉です。都市機能を分散移転するとかアイデアはいくらでも出てきますが、東京から奪うという発想事態がイケてません。地方が伸びて、東京以上に魅力的になる方策を独自に考えるのではなく、東京から何かをぶんどろうという発想です。伝統的な地方分権的発想と同じで、権力を地方に戻すという、小さな箱のなかの争いです。 そもそも地方自治体単位での社会減(東京とかにとられる発想からすれば、社会増減の指摘だろう)は、都道府県単位でいえばはるか遠い昔から発生しています。以下の一覧は、総務省統計局統計調査部国勢統計課「国勢調査最終報告書 日本の人口」からひっぱってきた都道府県別人口増減に関する資料です。赤くなっているのが減少している数字のところです。社会減(流入する人口より流出する人口のほうが上回っている)に至っては、戦前から真っ赤っ赤というところが少なくありません。今更これを変えるという案そのものが非現実的で、べき論と曖昧な見込みだけで巨額の財政支出をしたら、むしろ地方に沢山のインフラや医療福祉整備だけがなされて、その財政的重圧で地方の公共サービスが劣化し、さらに人が(特に若者が)住まなくなる可能性のほうが現実的です。そして、それらのツケは僕らの世代が払うことになるのです。 ◯自治体のために人は住んでいるのではないさらに、「地方に若者が戻るようにせよ」「子供を産めよ増やせよ」といったところで、人々はより好条件の職を求めたり、より良い教育を求めたり、より良い都市生活を求めた上で、東京を選択しているわけです。2000年代の10年だけでも首都圏では100万人クラスの社会増があるわけです。政令市一個分の人口が地方から首都圏に集まっているのです。それだけ地方に仕事も、教育も生活も相対的に見てないから、多くの人達は移動しているわけです。結局、厳しい言い方をすれば、地方自治体を主語とするこのレポートに則れば、これまでの地方自治体は地方の若者たちにとって何の魅力もないことしかしてこなかった、残るに値しない、可能性のない地域になっていたのではないでしょうかね。結局仕事作ると言っても、また公共事業を増加させ、公共資産を無駄に増加させてその維持費で将来の自治体がひいひい言うようになるだけでしょう。戦後高度経済成長期の公共ストック問題を今抱えてこんだけ朽ちるインフラ問題とかいっているのですから。ストックを作る間だけの仕事に自分の未来を託しませんよ。普通に。若者たちは馬鹿ではありません。そんなことわかっているからどんどん地方を抜け、政治・行政より相対的に経済が強い大都市へと移動し、戻りもしないのです。 その人達を地方に戻して、子供を産めよ育てよ・・・。それは国策だ。そういうこといっているから人が抜けて自分なりの人生を選択しているのではないでしょうか。若者たちは子供を産み育てるマシーンではありませんよ。どういう見方しているのでしょう。ほんと。 最後に外国からの移民政策については「高度人材に限る」とか言っていますが、そんなのは世界の高度人材の人たちが選択する側です。高度人材なんて世界各国が来て欲しいと思う人材なわけで、売り手市場です。買い手側である日本が「高度人材じゃないとあかんわ」とかいっている段階で、勘違いした上から目線も甚だしい。 ◯既に政策のヒントは地方で起きている。今までどおりやってたら地方自治体が潰れるという当たり前なことを「地方消滅」と称して危機感を煽り、結局は「国がどうにかしろ」「国難だから若者どうにかしろ」というご意見を見るに、全くもってこんな政策打たれたらますます地方から若者もいなくなるなと思わされるところです。 しかしもう政策のヒントは地方で起きています。それをみれば色々なことがわかります。 乱雑な拡大した公共施設を集約し、その集約した施設開発は公共事業ではなく、民間開発事業で実施させて、公共床はテナントとして家賃を支払って入るという方式に変えられるようにする。行政からの支援についても、補助金・交付金ではなく、金融支援策に切り替える。民間施設も同居して公共施設にくる年間のべ数万人~数十万の人たちを対象にした民間商業・サービスを考えて、持続的な仕事をつくる。既存の使われていない空き家などのストックをリノベーションして住める、職場を作れる、都市型産業の形成に向けた政策を考えて、持続的な仕事にしていく。従来のなんでも税金でやるという地方の考え方を改め、経済開発的なアプローチを徹底しなければ、もちないわけです。さらに居住・業務に関しても立地適正化を図って効率化をし、行政サービスも自治体単位で実行せずに複数の自治体が相乗りする共同行政サービスの組合や会社をもっと効率的に走らせて、少ない財源でもサービスを保持できる方策を考えるのが当然でしょう。もっとディテールをちゃんとつめなければ、全く話にならないわけですが、方向性そのものがこのレポートは全く今の実情、これからの未来に適合していません。むしろいま地方で成果をあげているケースをみればこれらの政策的ヒントはあると思うんですが、関係者のお耳にはどうしても届かないようです。 何より「べき論」ではなく、そのべき論を現実に導入・実現していく方策がなければ言って終わりだから、僕らは悩んで色々と全国各地で仲間と共にチャレンジし、小さな成果が出たら他の地域でも試したりをしている。自分達の身銭をきって。リスクを負って。 高みの見物でウソの地方消滅を流布するのはやめて頂きたい。とはいえ、一市民にとっては、くだらない自治体の取り組みをみたら、その自治体を自らが変えることではなく、自治体を替える(自分が違うエリアに移住する)ほうがよっぽど簡単なのです。だからこそ人はダイナミックに移動しているのだと僕は思います。 政策的なヒントは以下のレポートなど見て頂くのがよいかと思います。 http://www.minto.or.jp/print/urbanstudy/pdf/research_01.pdf 毎週火曜配信「エリア・イノベーション・レビュー」のお申込みはこちら。http://air.areaia.jp/

とあるヤマザキショップの奇跡 (No.1004) | 経営からの地域再生・都市再生 [木下斉]

コンビニって、複数の店舗を並列化して情報を統計的に分析し、物量によって規模の経済、範囲の経済を最大限に働かせるために均質化を行うところにその競争力の源泉があると思うわけです。しかしながら、ゆるーいコンビニとして知られるのが、ヤマザキパンがやるデイリーヤマザキやヤマザキショップです。昔からまちにあったような酒屋さんとかがもっともハードル低くコンビニっぽくなれるみたいなところがあります。その反面、当然コンビニとしての競争力ってあんまりなくて、まぁヤマパン売ってるくらいしかないわけですが。。。 と思っていたら、知人がそんなヤマザキショップの中でも世代交代で、本部のコントロールが弱いことを活かしてローカルカスタマイズして魅力的になっている店があるという話を聞いて驚いたわけです。(詳しくは以下に埋め込んだFBのタイムラインを)確かにここまでコンビニが多くなると、薬局とコラボしてみたり、とか色々とコンビニもしますが、店自体がもう少し自由度を図ると面白くなるところもあるのかなーと。勿論、やる人のセンスに依存するわけですが。 どちらにしても経営がうまく行っていない時は、「息子に任せる」ということが極めて大切ですね。なかなかできないことですが。 以下にうまく表示されない場合はこちらをクリック   ◯追記 2014.1.16期間限定だろうけど、以下のTBSの番組でこのお店が冒頭取り上げられています。 「コンビニ独自サービス続々 “長くとどまれる店”に」http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20140115-00000046-jnn-bus_all 毎週火曜配信「エリア・イノベーション・レビュー」のお申込みはこちら。 http://air.areaia.jp/

「補助金依存の悪循環」(No.1003) | 経営からの地域再生・都市再生 [木下斉]

本日upした「補助金依存の悪循環」の画像をブログにも貼り付けておきます。 これは商店街や中心市街地活性化という分野を取り巻く補助金問題をイメージして整理したものですが、様々な方から「漁業も一緒」「農業も一緒」「アートも一緒」などなどフィードバックを頂きました。 このような状況は当然ながら貰う側にも問題がありますが、配る側にも問題があるということでもあると思っています。 麻薬依存症からの脱却同様に、補助金依存症からの脱却は個人だけではなく、組織的問題でもあるので、解決は極めて困難を極めます。ただ重要であるのはトップの意思決定であることは言うまでもありません。補助金をもらわない、もらわないでもやれるようにする。やらない場合は一度組織を解散する、くらいの気概の意思決定をしないと、なあなあと続いていき、結局活性化なんかないけど、自分たちの組織維持のために事業をやり続けていき、財政などの方針に左右され、予算が減らされて潰れるということになったりします。 ということで、やはりこういうループに入らないように、入ったら抜け出て自立してやっていくと決断することがトップに求められているのではないかと思っています。トップでさえこういう依存環境を受け入れてしまったら、もう相手のなすがままです。自分たちの地域の魅力を自ら生み出していけるよう、私も微々たる力ではありますが、頑張ってまいりたいと思っています。 以下は本画像に関するツイートです。皆さんが色々と参考になるご意見をくださっております。 http://twitpic.com/drg98x に関するツイート 毎週火曜配信「エリア・イノベーション・レビュー」のお申込みはこちら。http://air.areaia.jp/

商店街にとってアーケードの存在はいいことですか、わるいことですか? (No.991) | 経営からの地域再生・都市再生 [木下斉]

昨日、友人のG-netの秋元氏より朝一番で「商店街にとってアーケードの存在はいいことですか、わるいことですか?」という直球勝負なご質問を頂いたのを発端にしてやりとりをさせてもらいました。それを少し加筆修正して掲載します。 商店街のアーケード問題ってもう長らくというか、僕が商店街に関わるようになった15年ほど前からずーっと言われている話で、「アーケードを撤去すべきかいなか」「アーケードを維持する資金を稼がなくてはならない」とか結局のところ、あれだけの巨大建築物の維持は頭痛の種だったりします。 しかも、知らない市民の方もいるのですが、アーケードの多くは商業者たちによって組織されている商店街振興組合が、組合員から負担金を集め、それだけでは足りないので主体的に補助金を国や市町村からもらいつつ、さらに高度化資金などの制度融資を受けて建設・管理しています。道路の上にあるので自治体が建てていると思っている人もいるみたいですが、基本的には違って、「商業者たちがお願いしているから建てさせている」というのが基本的な体です。 アーケードは数億円、数十億円と建設費がかかり、さらに毎年数百万円、数千万円の維持費がかかり、それらを商店街振興組合に加盟する組合員の分担金を原資に上記のような補助金と制度融資で建設費は補助しつつ、しかし維持費は商店街の自前で賄うという構造です。 近年の商店街加盟店舗の経営難の状況で、この分担金を支払うのが苦しくなってきており、それを原因で商店街振興組合から離脱する店も多く、新規加盟も低迷していたりもします。メリットはアーケードがあることと言われても、それだけの自分達の店の経営にプラスがあるとは思わないというわけですね。 さらに、商店街振興組合の理事は制度融資を受ける際に「連帯保証人」のはんこを押していたりします。つまりアーケードの巨額の負債の連帯保証責任を負ったりしているのです。正直、自分の懐に一切お金は入ってこない(というか出て行く)ものの連帯保証人というものをするというのは、経済原則的にアウトなわけですが、ま、それが慣例としてやってきました。新規理事にこの連帯保証責任を負わすとなると引き受け手がいないので、建設時の理事メンバーが死ぬまで負っている場合がありますが、それでも死んでしまったら新たな保証人をたてないといけないということもあり、理事の引き受け手が出てこないという問題も実はあったりします。ある商店街振興組合では解散するにあたり、理事長が多額の負債を支払ったということもありますし、破綻するにできずにリビングデッドになっている商店街とそのアーケードもあります。 恐ろしいことにアーケードは老朽化するので、お金がなくても朽ちていきます。結果として、朽ちたアーケードは公道上の危険なものになったりします。実際にアーケードやアーチなどが老朽化して、市民が下敷きになって怪我や時には死亡事故になったりもしています。 とまぁアーケードと商店街振興組合という構造は結構根が深かったりします。 ◎秋元氏 : 商店街にとってアーケードの存在はいいことですか、わるいことですか?あるいはどういう場合には良くて、どういう場合には悪いですか? ■木下 : 私は商店街が自ら整備するアーケードは「貴族の設備」と思っています。とんでもない金額が常にかかり続ける巨大建築物だからです。だから、お金のありなしで判断します。 そもそも戦後の近代アーケードの発祥の地である北九州魚町は、朝鮮戦争特需でボロ儲けして、その資金の行き先がなくて、ひとまず小倉城を商業者の資金で再建して、さらにそれでも余ったから、アーケードを当時の建設省の許可無く勝手に立て始めたという経緯と聞いています。なので、お金がありあまってる商業者が構成している商店街は、自分達ので判断してアーケードをしっかりと整備して、個別の事業者が持つ建築物では提供できない機能を皆で作るのはいいと思います。つまり、商品、価格、サービスなどの競争力は万全で、これをより強固にするための手段としてアーケードを作るって話ですね。 けど、お金ない事業者はアーケードみたいな直接的な投資対効果がみられにくい設備にお金投資するくらいなら、その資金を自分達の本業に対して投資すべきと思っています。新商品開発したり、店舗改装したり、従業員教育したり、ともっと資金を経営基盤の強化のために投資すべきです。 これとは別に、自治体とかが雪があるから中心部にアーケードが必要だとか色々と言うのであれば、社会資本整備としてちゃんとやればよくて、商業者の活性化とは全く関係ありません。イマドキ、屋根があるだけで買い物にくるなんて人は少ないし、その少ない人達のために数億円かかる設備に投資する投資対効果なんてありませんから。 今、全国各地でアーケードを撤去していっている商店街は沢山ありますので、僕はオープンモールにして、既存建築のまま若い人たちにリノベーションかけて店舗や住まいとかにしてもらうという形がやっぱりいいなーと思っています。自分としての実践的にも、その他の実例的にも。 ◎秋元氏 :...

60%の地域で人口は半減し、人口が増加するのは1.9%の地域だけ。 (No.984) | 経営からの地域再生・都市再生

結構有名な資料だと思っていたのですが、意外と知らない方もいらっしゃるみたいなのでご紹介。私も当時参加していた国交省の国土審議会での日本の国土長期展望という資料群です。 特に私がインパクトを持って見たのは、このスライド。2050年に向けて国土の地点別での人口減少を色分けで示した資料で、白抜きになっているところは人がいなくなる地域です。国土の大部分で人口が疎になっていくのです。さらに市町村別でも政令市レベルでも平均で19.8%減少し、1万人以下のまちにおいては48%減少。人口増加が起こる地域は全体の1.9%にすぎないという予測です。 勿論これから自然災害や移民政策とかで色々と変化もあるかもしれませんが、現在の傾向を引っ張っていくとこうなるよ、という一つの統計であります。 この審議会の席では「もはや均衡ある国土の発展とか言っている場合ではなく、人が残る地域をしっかりと意識して社会資本整備を進めていかなければ総倒れになる」という議論がなされたことも印象的でした。 地域活性化の取り組みとか考えるときにこの大きな変化を認識した上でやらないといけないと思って取り組んでいます。荒波に侵食される岩の如く削られていくわけでございまして、地域の未来を託されている方々がこういう現状ベースでのファクトを基礎としてアクションとらずにどうにかなるだろ、的な考えではいかんと思っています。 あなたのまちの未来はどうなっているでしょうか。 ◯【資料】「国土の長期展望」中間とりまとめ 産官学を横断した全国のまちづくり関係者が購読中。大学の教科書としても採用されている、毎週木曜配信「エリア・イノベーション・レビュー」のお申込みはこちら。 http://air.areaia.jp/

[商店街の不都合な真実]なぜ繁栄している商店街は1%しかないのか (No.1001) | 経営からの地域再生・都市再生 [木下斉]

簡単にいえば、「商店街はまちづくりとかコミュニティがうんぬんやめて、ちゃんと本業頑張ろうぜ」、というテーマの一冊。 著者の方とはひょんな機会でお会いした以降、ご無沙汰していたのですが、今回新著を出されていたので気になってツイートしたら、編集の方から献本頂きました。誠に有難うございます。そして、届いた瞬間に一気読みいたしました。「商店街ってもう衰退しまくっているよなぁ」と思っている商店街活性化とかには当然関わっていない大多数の一般の方に向けて、その業界事情を平易に書くことに徹されているのがよくわかる一冊です。 ◯商店街の自己評価でも繁栄しているのは1% さてタイトルにもなっている「繁栄している商店街が1%しかない」というのは冗談ではないのです。 何年かに一度、中小企業庁の委託調査事業で実施している「全国商店街実態調査」(以下のURLに一式ありますのでどうぞ)の平成21年度版で商店街が自ら「繁栄している」と回答している割合が1%なのです。以下、繁栄の兆しがある2.0%、まあまあ横ばいである17.9%、衰退のおそれがある33.4%、衰退している44.2%と続く。と、一応、商店街自身の主観(贔屓目はいって)でも「うちは繁栄しているよなー」と回答しているところが1%しかないということです。 1970年の調査では、39.5%の商店街が「繁栄している」と回答していたのに・・・・。ということなのですよね。 【参考】全国商店街振興組合連合会公式サイト「商店街実態調査」 ま、じゃあ、なんでこの40年くらいで、一気に繁栄しなくなったのか、という話になるわけです。 かつてはダイエー、今はイオンができたから、ヤマダ電機がきたか、駅内に店が開発されたから、という競合商業集積に対するものか、もしくは駐車場がないから、雨に濡れるから、街灯が少なくて暗いから、監視カメラがなくて安全じゃないから、という自分たちに原因があるのではなく、外部環境要因によって衰退しているのだ、というようなことが言われたりします。。。そして、その対応策が補助金などで支援されたりする。共同店舗を開発して大型店対策をしたり、駐車場開発、アーケード開発、LED街路灯開発、監視カメラ設置などなど、そしてそれらが実施された商店街は活性化したということで「成功事例集」に掲載されていく。。。とまぁそういうわけでございます。 ◯成功事例集にのっている商店街の多くは、活性化していない。 しかしながら、著者は「成功事例集にのっている商店街のほとんどで活性化していなかった」と自身の調査経験から語っています。ま、これは商店街◯◯選とかの商店街をみればよく分かる話です。新・商店街◯◯選にいたってはますますもって。 これは僕も常日頃Twitterとかでも指摘していますが、補助金を入れた案件が失敗したら困るので、「成功事例集に掲載する」という側面があります。あとは特段故意ではなく、成功事例集の調査を実施する際に案件調査のパイプとして全国各地に存在している経済産業局をベースにします。それぞれの経産局の所管エリアの成功事例を出すようにいわれるのですが、当たり前なんですが、経産局の方々の多くは補助金を現場で運用されている方々なので、普段は補助金を申請にきて取り組みをしている商店街のことは熟知されているのです。が、そもそも補助金を使わずして活性化している商店街、もしくは商店街さえ全く関係なく不動産オーナーや一部の事業家とかがやってる活性化の情報というのは、あまり知る術がないのです。つまり経産局にきて「補助金ください」と言わない、勝手にやって成果をあげている商店街活性化事例の情報はあまり耳に入らないということなのです。仕方ないですね。情報は常に非対称なのです。現場の網羅的な情報は、役所の情報ルートでは調査できないのです。 結果として、成功事例集は補助金を使ったケースを中心にとりまとめられざるを得ない、シンボル事業は巨額の補助金を活用したもの、という境遇にあったりします。そして時のシンボル事業は後に必ず経営危機に陥るということも定番です。まちの活性化の『起爆剤』が別の意味で起爆するわけです。起爆済みの再開発事業などは全国に多数ございますが、「失敗事例集」は作られませんので、転ばぬ先の杖がないというところであり、失敗は繰り返されます。 ◯活性化しない理由は「コミュニティ活動」と「まちづくり活動」をやっているから。 これは商店街は地域で社会的価値がある、商店街=コミュニティの担い手といったような解釈で、商店街の共同でのまちづくり活動に補助金を支給してきた、商店街組織での活動に支援をしてきた、その政策コンセプト自体に間違えがあると本書でも指摘しています。これは全くもって私も異論は有りません。 中小商業政策は「産業政策」です。決して社会保障事業ではありません。 しかし中小商業は弱いと決めつけて、それを保護して欲しい、保護しようという方向性で議論が進み、さらにいつのまにかその保護するための補助金の受け皿として商店街振興組合などが地域商業の対象であり、前提になってしまった。農業を振興することが、農協活性化策になってしまっている問題と同じだと指摘しています。知り合いの農業ベンチャーの経営者とも「商店街も農業も似てるね」と前に話していたことがありましたので、これは全くもってそうなってしまっていると感じるところです。個別の中小店舗にとっての商店街施策ではなく、「商店街」という団体に対する支援策になっているわけです。そしてこの根拠を支えるために「商店街は弱いけれども、地域にとって大切でしょ、だから補助金ちょうだいね」という路線になっているわけです。各店舗の私有財産に税金は使えない、税金で金儲けされてはこまるということで、なぜか儲けるためにやっているはずの商店街が、いつのまにやらコミュニティだの、まちづくりだの、といった活動をやるようになっていきます。 かつては儲かっていたので、その儲けを地域活動に資するという、ある意味で富める者として地域を支えるという役割だったのが、いつのまにか儲かりもしないのに地域活動を税金もらってやる、という意味不明な方向に転換していってしまったのです。 結果として貴重な店舗経営にかけるべき時間の多くを、今ある加盟店だけを中心にして、それらを活性化するための施策としては「コミュニティ」と「まちづくり」に絶賛大投入!! 本来、産業政策に必要なのは、「生産性改善」(少ない財で大きなスループットを生み出すことでの社会生産性の向上)を目指しながら、具体的には「新陳代謝の促進」(常に競争があり、より魅力的な商品・サービスが出てくるダイナミクスの確保)です。...