地域での批判などで心折れそうな人に。 (No.1037)

少し自分としても考えることがあってFBで投稿した記事、いつの間にか1.3Kいいね以上ついていたので記録も兼ねてブログに掲載したいと思います。

 

 

ちょうど5月に入り少し気分的にも転換が必要になっている方も色々といるのではないかなと思いますので。

高校時代から色々とやっていると、一回りも二回りも、いや親、いや祖父くらい年の離れた人に度々の批判に晒されたり、恫喝されたり、馬鹿にされたり、なんてことは度々ある。てか日常茶飯事。

 

今でも最初に商店街ネットワーク始める時に、早稲田商店会のメンバーでいったとある地方の店で、地方のおっさんに頭ごなしに「あんなガキになにができる」ということを言われました。

 

が、結果やっぱりやってみたら、ガキにしかできないことは確実にあったし、常識を持たないからこそできる商店街の稼ぎ方を作れたのだと思う。何よりガキはいつまでもガキではないし、素人もいつまでも素人ではない。何かに挑戦して成長していくと、その後全く最初に想定しないことができるようになったりしていく。これは何歳になっても同じ。

 

高校時代は一々それでショック受けたり、ストレスで円形脱毛症になったりしたけど、今となっては別にそんなもん気にしないで、やはり筋の通した自分でひねり出したやるべきだと思うことに真摯に向き合うことが大切なのだと気づいた。これは紆余曲折あっても、やっぱり自分で途中で曲げてしまったものはモノにならないし、逆に逆風あっても自分の頭で考え抜いてやり抜いたものはモノになってきたように思う。

 

今、色々な意見にさらされて、なんとなく自分の考えに自信がなくなって、ふと他の人のいうようにすれば楽になるかも、変なこと言われなくなるかも、なんて思っている人もいるかもしれない。

けど、心を曲げず、ちゃんと自分でリスクを負って、あるべき姿を考え、そこに向かって突き進み、最後までやりきった時にしか見えないものがあると自信を持って欲しい。

 

そして、何かやりきった時には、そういう批判とか多少の失敗とかはむしろ後に続く多くの人に勇気を与えるオイシイエピソードにさえなっていくので、ご安心を。笑

ほんと地域での取り組みは、様々なことが起こります。心折れそうなことは幾度となくあり、そういう時は一旦少し何もしないというか、自分なりに頭を休めることも必要だと思っています。過剰にストイックになりすぎず、また他人のことばかり気にしないことが大切とも言えます。

 

「まちで闘う方法論」でも書いたのですが、ある意味何事も最初の挑戦って挫折するもので、そういう小さな挫折が日々起こります。けど、それを気にしていたり、それによる体面だとか、他人との付き合いだとかばかり気にする必要もないと思います。かといって、傍若無人に振る舞えばいいってわけでもありませんので、ある意味休むってのが大切と思っています。その上で、第二の挑戦をしてみる、その時にいい意味で力が抜けたり、頭もクリアになって、本当の仲間というのも見えてきていい成果が生まれたりします。

 

「稼ぐまちが地方を変える」でも僕なりの挫折の一つを書きましたが、当然まだまだ文章にまとめていない挫折なんて沢山ありますし、逆にチャンスをくれた人の話はこれまた別に沢山あります。本当に捨てる神あれば、拾う神ありの世界です。それらの経験で学んだのは自分が誰かにとって拾う側に回れるかということが大切なのであって、捨てられないように頑張ろうということではないと思っています。常に挫折はつきものだし、人は調子のいい人と付き合いたいけど、調子の悪い人とは距離を起きたいと常に思っています。疲れた時ほどあまり考えずに、適当に笑っておくのが大切で、追い詰められた顔にならないよう適当に生きる時間も時に必要です。

 

ということで、あまり5月を迎えると4月の気合いれまくった状態から少し落ち着く時期ですが、あまり高いモチベーションとかを持たないといけない、みたいな強迫観念は捨てていくからこそできることもあると思ったほうがよいというように思っています。短期的な浮き沈みで結果を判断しないこと。これがいい時でも、悪い時でも大切だと思っています。

 

 

 


地域活性化ハンドサインを当たり前で済ませてませんか? (No.1036)

以前補助金依存の悪循環に関する画像を作って公開したのですが、今回はハンドサインジェネレーターで作りました。
 

地域活性化分野は大抵定番の、かつ手段としては悪手を「皆がやっているから」という理由であまり良く考えずに用いることが沢山あります。けど、それは本当に今の自分たちに必要なものであるのか、なぜ必要なのか、どのよう活用されることで期待する目標を達成するのに機能するのか、という基本的な議論がおざなりになっています。常識として片付けずになぜそれをやるのかという本質的な整理を少なくとも自分の頭では行わないと、いつのまにかなんでもそんなのは当たり前というような「当たり前病」にかかることになってしまうように思うところです。

 

地域での会議などのフック画像として広くお使いいただければ幸いです。

「これらを無意識に当たり前だと思ってやっていませんか」という問いについて考えるだけでも、随分自分たちの頭で自分たちの地域を考えることになろうかと思います。少なくとも結構僕らはそういう話をしてやります。一つ一つの小さなことでも、考えてやるか、当たり前だとスルーしてやってしまうかで大きな違いが生まれます。

 

もしこれらの方法に何の疑問も持っていないとすれば、危険きわまりないということでもあります。

 


書評・この本はまちづくり本ではない。この本は何が起きても「無理」と諦めない、過去のやり方にとらわれず「自分の頭で考えてやり方を生み出す」ための一冊。: 町の未来をこの手でつくる 紫波町オガールプロジェクト

いよいよこの本の紙版も発売になったので、改めて木下なりに感想を書きたいと思います。

 

 

この本は何が起きても「無理」と諦めない、過去のやり方にとらわれず「自分の頭で考えてやり方を生み出す」ための一冊です。

 

この本の著者で、図書館に関する本も出されていた猪谷さん Chica Igaya にTwitterで3年ほど前、「オガール祭りと合わせたシンポジウムに来ませんか?」とお誘いしたら「ぜひ!」ということでお越しいただいた。その時に「オガールは図書館だけでなく、全体の仕組みをみてください」と勝手な熱弁営業トークをしたら、まさか本まで出されるとは!!笑 けど本当に改めて読んで、よくここまで伏線をまとめられたなぁと思ってしまう素晴らしい本です。オススメ致します。(上から目線ですみませんw)

 

始めて岡崎さん Masanobu Okazaki と会ったのは、今からもう6年ほど前。2010年のことでした。

 

その年の経産省の中心市街地活性化全国フォーラムで講師を務めた際に、清水さんが私の前の講師をされていて私の話を聞かれた後に「木下さん、紹介した方がいます」とお話いただいてお会いしたのが岡崎さん。

盛岡で3ringsというリノベーションプロジェクトをされていて、私も同社が設立された時からwebでメッセージで的確で面白い取り組みしている会社だなぁーとチェックしていた会社だっただけに、色々とインタビューさせてもらったのを覚えています。

さらにこの本にも出てくる肴町商店街の佐々木大さんなどもご紹介いただいて、一緒に会社を設立するなどご縁がどんどんと拡大していきました。

 

そしてその時に連れて行かれたのが、この写真にある荒野であった今のオガールエリア。

 

 

最初の本の表紙と同じ場所ですが、同じとは思えないと思います。

 

雪がとけてぬかるむ泥地を前に岡崎さんが「次のプロジェクトはここでやるんだ!!」という話をされていて、「いやー岡崎さん、これはやめたほうがいいんじゃないですか?(笑)」なんて話をしたのを覚えています。

その後、オガールエリア全体のマネジメントなどの勉強会などに色々と呼んで頂いたりしているなかで、どんどんとオガールプロジェクトは進捗。

 

フットボールセンターが開業し、さらに公民合築施設・オガールプラザが開業するのが2012年。その後オガールベース、そして来年にはオガールセンターが開業していく。

 

2011年にできたフットボールセンター

 

2012年にできたオガールプラザ

 

 

この頃はまだオガールエリアも空間がまだまだ空いていました。

 

 

オガールベースが開業。日本初のビジネスホテルとテナントと合築された完全民間経営のバレーボール練習専用体育館。

   

 

 

2016年のオガール祭り。

 

このような変化を起こす過程でニューアーバニズムをベースにしたプランニングからオガールプラザの建築までをサポートされた松永さん、まちづくりで民間資金調達を可能にしたファイナンスのプロのぐっちーさん、オガールベースという人生最後の新築をした嶋田さん、高断熱を切り口にしたエネルギーまちづくりをオガールタウンのプログラムを作り上げた竹内さんなどなど、挙げたらきりがない、この本にも出てこない日本きっての多くのプロがここに集結していく。

 

ここで重要なのは、所謂「まちづくりのプロ」ではなく、オガールに必要なちゃんとした専門的なビジネスをしているプロが集まったことです。

 

それはなぜか。

大したフィーを支払わないのになぜそれだけの全国区きっての様々な企業などからも引っ張りだこの人たちが集まったのか。

 

それは3.4万人の人口規模で財政も悪く、過疎地でも離島でもない中途半端な都市圏立地の地域で、民間が主導して泥濘んだ土地の開発を推進する。誰もきいたことがないPPPとかいう方法に地元からは「黒船来襲」と猛反発が起こる。これだけ聞けば誰でも「絶対に無理」と思うなか、諦めずに自分たちのまちは自分たちで守りきり、そして将来に向けてバトンタッチをするのだと覚悟をきめた人たちの合理的でクールで、けど情熱的な取り組みがそこにあったからです。

 

だから全国区からプロが集結していった。

何事も諦めた時に本当に終わりなんですよね。安西先生ではないですが、「あきらめたらそこで試合終了ですよ」という話です。この本はそういう本です。

 

諦めず、集まったプロたちも入れて、民間は事業開発と資金調達と向き合い、岡崎さんがいう金融機関との「愛の1000本ノック」をクリアしていった。政治・行政は様々な批判に対して100回以上の住民説明会を町長が先頭にたって行い、さらに140回以上の公民連携特別委員会を議会では行った。そこまでの覚悟を決めて、そして実行したわけです。政治行政に問われるのは、「岡崎さんのような民間の担い手がいない」とか嘆く前に政治行政にできることを全力でやっているのか、ということです。

 

視察見学事業を共にマネジメントさせて頂いていてなんですが、オガールを学ぶ際には表に見える建物を視察しても全く意味は無いのです。古い頭でオガールを視察すると「図書館とカフェと産直を一緒にしてたてれば成功するのか」という安直な解釈になったりします。全くもって自分の頭で考えていない人たちが、結構多発します。そうそれは、全くプロセスから物事を捉える力がないから。

重要なのはそのプロセス。


最初はどう考えても上手く行かない、「うちの地域では無理だったんだ」とか「こんなだけ困難な条件では無理で仕方ない」と環境のせいにして諦めたくなる環境下で、政治、行政、民間のキーマンたちが諦めずに現実に即して挑戦を続けた。適切な仲間を集めながら挑戦をした。妥協をせずに「あるべき姿」を歪めずに進めた。

 

その挑戦のプロセスを学ぶのにこの本は最適です。というか、この本を読んだ上でオガールに行かないと何もわからないといっても過言ではないでしょう。

 

まずはこの本を読んだ上で、ストーリーとデータとしてのオガールを学び、その上でちゃんと視察見学申し込みをしてハードと雰囲気としてのオガールを体感する。それが大切です!!

 

http://ogal.caselec.jp/

 

ということで、まずはこの本を読みましょう。

 

 


毎週火曜配信の業界有数のまちづくり週間情報誌
「エリア・イノベーション・レビュー」
初月無料。お気軽に購読ください。
http://air.areaia.jp/


 



【5/7発売】木下斉「まちで闘う方法論-自己成長なくして、地域再生なし-」
【2刷御礼】飯田泰之・木下斉ほか「地域再生の失敗学」

[10刷御礼] 木下斉「稼ぐまちが地方を変える-誰も言わなかった10の鉄則」
[7刷御礼[ 木下斉[まちづくりの「経営力」養成講座] (地域で事業に取り組む時の本)
[4刷御礼[ 木下斉・広瀬郁「まちづくり:デッドライン」(リノベーションまちづくりの本)
 

  


田中角栄が地方に持ってくるはずだった工業はどこへ消えたか。 (No.1035)

昨日TBSラジオの「荻上チキSession-22」という番組で田中角栄の話をやっていて、地方ネタということでお声がけ頂いて電話出演したのですが、あろうことかスタジオにいた田中角栄大好きな感じのコメンテーターの方に阻まれて不完全燃焼だったので、先日、エリア・イノベーション・レビューのコラムで田中角栄について書きました。笑

 

http://air.areaia.jp/


さて、そもそも私も含めて田中角栄をリアルタイムで知らない人は、色々な本も出ていますし、さらにウィキペディアにも詳しく書かれています。まぁ今になってもこれだけムック本とかで話題になるんだから、それだけ強烈な印象を残した人物であることは間違いないですよね。


田中角栄wikipedia


私は82年生まれですから全く首相歴任時代などは知らないわけですけれども、私の高校時代などは田中真紀子大活躍ということもあり、人物としては知っているわけです。そういえば、田中邸の早稲田口って勝手口があって、そこから田中真紀子さんがスーパーで買い物する姿などは目撃したりしておりました。

実際に彼が首相歴任をするのは、1972年〜1974年というかなりの短期間だったんですよね。実際に彼は首相になるまでがとてつもない馬力で突き進み、首相になった後には一気にやせ細って憔悴してしまい、最後にはロッキード事件で逮捕されるに至るわけです。 もともと持病持ちということもあり、それが年齢と共に深刻になったという話もあります。

【日本列島改造論とは何か】
さて、そんなことはさておき、それでは田中角栄と地方といえば、日本列島改造論を抜いては語ることは出来ません。

日本列島改造論

田中(+ブレーンたち)は、「日本列島を高速道路・新幹線・本州四国連絡橋などの高速交通網で結び、地方の工業化を促進し、過疎と過密の問題と公害の問題を同時に解決する」ということを構想し、書籍というカタチで打ち出し、そしてそれを引っさげて首相になるわけです。

戦後復興は雪の降らない太平洋ベルトを先行し、北米市場への輸出といった大市場に向けた展開を積極的に日本は行ってきました。結果として、各地工業地帯・工業地域として発展できなかった地域(まさに田中の出身地の新潟はその一つ)は、その分復興も遅く、生活水準格差も大きくなっていたわけです。

一方で、都市部は過密問題・公害などを抱えていたのも事実で、それを地方分散すれば地方も繁栄するばかりではなく、都市部の生活環境も改善する、という話だったわけです。

しかしながら、実態としてはそうならなかったわけです。

全国各地に「売れ残った産業団地」は山程出現して今となっては外資のアウトレットモールになったりしているのはマシという状況。 高速道路のIC付近にはバイパスが整備されてチェーンストアが軒を並べて地方市場で儲けた利益を東京へ送り、2000m以上の滑走路を持つ60以上の地方空港も結局は赤字の第三セクター経営ばかり。地元のひとが東京に行きやすく、出て行った人が帰省に便利になるが、県内企業が多少集まっただけの新幹線駅は数えられないほど出現してしまったのです。


【もはや時代遅れだった!?日本列島改造論】
1970年というのは大変微妙な年代で、1950-60年代というまさに戦後復興、高度経済成長、まっただ中を過ぎて、日本は国際的にも経済大国としての存在感と共に、世界的な責任を負わされる時代に入ろうとしていたわけです。特にこれは、田中角栄が示していた「工業化=製造業の地方移転」というシナリオに大きな変化をもたらしてしまいます。

変化をもたらした要因は大きくは2つあります。

1つは、為替です。1973年には日本は変動相場制に移行し、徐々に為替変動リスク(特に円高)を製造業企業(輸出するため)は抱えるようになり、従来のような経営では立ちゆかなくなっていきます。

もう1つは、貿易摩擦。1965年からは日米間における貿易収支においてアメリカ側が赤字に転落したことから貿易摩擦も活発化して、 1968年にはアメリカ電子機械工業会(EIA)は「日本製テレビのダンピングの容疑」をもとにし、ソニーを含む日本メーカー11社を財務省に提訴したりし始めていました。

その後、1972年に日米繊維協定(繊維製品)が締結、1977年には鉄鋼・カラーテレビにおいて日本による実質上の対米輸出自主規制がなされ、1980年代に入れば自動車・コンピューターなど幅広い分野で問題が噴出していきます。日米のみならず日本企業の世界的躍進は国際的な軋轢を産むことになっていく、そんな時代になっていったわけです。まさにエコノミック・アニマルの時代ですな。

んでもって、日本企業が何をしたか。ここが大切。

「現地生産体制」への移行です。

部材を日本に仕入れて、そして日本で加工して輸出販売するビジネスから転換。できるだけ消費地に近い場所に工場を作り、地元の人を雇用して、そこで出来た商品をその国や周辺国で販売する。つまり脱日本でのビジネスモデルを模索し始めたわけです。

ソニーの盛田さんとかも、変動為替や貿易摩擦を鑑みてアメリカやイギリスでのテレビ工場建設を積極に推進し、「これはアメリカのテレビ工場です。アメリカ人が自らつくったソニーのテレビを買ってください」といったようなことを地元の人達にスピーチしたり、イギリスでも同様のことをしていた文書を読んだことがあります。

 

以下のソニーの社史をみてもサンディエゴ工場の操業開始が1972年ですから、もう田中角栄の時代には現地生産体制がソニーくらい当時のスピードある会社だとスタートしていたわけですね。

 

http://www.sony.co.jp/SonyInfo/CorporateInfo/History/SonyHistory/2-20.html

 

んでもってダンピング訴訟が収束するのが1983年。この頃には現地生産体制はバッチリ、地元で大規模な雇用を生み出し、彼らをベースにして政治家へのロビイングなどを積極的に展開するまでに至ったわけです。

 

実は国際企業は既にこの時に「東京と地方」だなんていうような小さなスケールの政治ではなく、国際問題を解決するための「政治」と向き合っていたと思うと、感慨深いものですね。

 

実際に1970年には2700万人いた製造業従事者は、2007年には1700万人へと減少していきます。日本はもともと内需中心でしたが、さらに内需サービス中心の経済大国へと突き進んだ結果として、「人がいるところに仕事が集まる」という構造になっていきます。つまりは、サービス産業大国ってことは、大都市にたくさんの仕事があるということになったのです。工場に仕事があるのではなく。てか、そもそも工場は国外に出て行ったわけです。

 

太平洋側から日本海側などへの工場分散のはずが国外に行ってしまい、国内においては公害は規制強化によってイノベーションが起きて技術的に解決されると共に、太平洋側の工場自体も閉鎖していくことになって生活環境も改善したわけです。

 

 

【日本列島改造によって『成長パターン』を失った日本】

 

結果として何が起きたか、ですね。以下の衆議院発行の資料をみてもらうと良く分かります。

 

【PDF】戦後日本の人口移動と経済成長

 

膨大な公共事業は地方に税金による仕事を生み出しました。結果として、地方から東京への若者の移動は一気に鈍化します。地方でも仕事が生まれたわけですから、当然です。

 

日本はそれまで「強烈な生産性改善」を図りながら、そこに生産力としての人口を全国から集めて生産量を高めて、工業によって世界で戦っていたわけですが、これが完全に終焉しました。地方で仕事が生まれたことで国内生産拠点においては人も集まらない=人件費が高騰していく、ということで、結果として先の工場の世界分散の理由の一つにもなっていったわけです。

 

目先としては地方に仕事ができたわけですが、今となっては農業に従事していた人たちの多くが土建業に転向したものの、あまりに従事者が多くなってしまった中で、00年代に入ると公共事業費が削減されると共に、結果として地方は引きずられて縮小。皮肉な話です。

 

そもそも地方の産業構造そのものが完全に行政支出だけで回されるようなものになってしまったのです。そのため、作ったインフラを活用するとかでもなく、「作っている時が一番儲かる」ということになってしまったわけです。だからひたすら作り続けるが、インフラの維持コストだけで地元にバリバリ残っていき、それをつかって稼ぐ人は出てこない。負のループです。インフラは使ってなんぼです、使うからこそ社会資本と言われるわけです。使わないのであれば、単なる金食い虫。それが地方に増加したわけですから、見せかけでは資本、けど実際にはそれは「負債」だったのです。

 

このあたりは参考までに、金持ち父さん貧乏父さんは読みましょう。

 

さらに日本列島改造論はもともとが東京と地方を接続するというネットワーク構造のため、外部性が発生し、結局は全てのアクセスで相対的優位性を持つのは「東京」という事実はもともと変わらない話なんですよね。ヒト・モノ・カネが集まるのは当然なのですが、当時は地方が不便だから人が集まらないと思い込んでいた(今もそうかも)わけです。目的があるか、全国各地が東京と結ばれたら、地方同士の関係は変わらず、むしろ拠点地域に全てがあつまるという「地方の共食い」を始めることになるというあたりもノンタッチだったわけです。今や各地方で一強(北海道なら札幌、東北なら仙台といったように)となっているのも、インフラ投資の賜物です。

 

このようにこのように列島改造論だけによるものではないですが、日本工業化の曲がり角の時代に全て重なってしまったこともあり、結果としては地方は便利になったけど、、、というところで終わってしまったということでもあります。ただ負債は確実に地方に残り、近代化によって東京資本が進出して利益は飛んでいき、多少の観光客が増加したということにも地域外資本のホテルチェーンによって駆逐される、という話になっているのも悲しいところです。

 

人口減少社会となった今、懐古主義的に田中角栄を褒め称えたりするのではなく、未来に向けたビジョンを我々は持たなくてはならないと改めて思わされるところです。

 


毎週火曜配信の業界有数のまちづくり週間情報誌
「エリア・イノベーション・レビュー」
初月無料。お気軽に購読ください。
http://air.areaia.jp/


 



【5/7発売】木下斉「まちで闘う方法論-自己成長なくして、地域再生なし-」
【2刷御礼】飯田泰之・木下斉ほか「地域再生の失敗学」

[10刷御礼] 木下斉「稼ぐまちが地方を変える-誰も言わなかった10の鉄則」
[7刷御礼[ 木下斉[まちづくりの「経営力」養成講座] (地域で事業に取り組む時の本)
[4刷御礼[ 木下斉・広瀬郁「まちづくり:デッドライン」(リノベーションまちづくりの本)
 


巨大な「内需型地方都市」としての東京からの脱却なるか。 (No.1034)

東京都知事選が混迷を極めている昨今ですが、東京ってなんなんだろうと考えると、巨大な「内需型地方都市」なんですよね。

特にその「稼ぎ」という点においてはこの構造が堅牢です。

 

1980年以降は海外展開する日本企業の拠点も海外に分散してきたこの30年ほどですが、とはいえ本社機能を東京においているところが多いわけですが、この点においては国際的に稼ぐ構造になっているかと思います。一方で内需型企業、海外でぱっとしないまま来てしまった銀行とか保健とかの金融などは筆頭株ですが、日本の成長と共に爆発的に拡大する内需で成長したわけで、それらの本社が東京にある場合には、日本国内の内需のピンはねをしてやっているとも言えます。

 

じゃあ東京にある海外企業の拠点は何なんだ、といえば、それは一定の所得がある1.2億人の人口を持つ日本で商売するために日本法人などを設立しているわけで、日本から世界を狙うために拠点をおいているのではないわけです。これとても大切。外資系企業が東京に拠点をもっているから「国際的か」と言われれば、決してそうとも言えない。つまり日本市場を狙うためにたまたま外資系企業が日本に法人をおいているだけだったりするわけです。

 

少し前まではアジア・パシフィックの拠点も日本法人とセットでおいていたところも、それこそ一定のボリュームはまだまだある日本市場ではありますが、今後の先行きが弱いことは分かっているので、成長性の高く、拠点をおくのに有利なアジアの他の国に移っていっているわけです。

 

東京都の経営課題は、従来は日本という成長して所得が拡大していた国の揺るぎない首都としてやっていればよかったわけです。けど、これからは変わらないといかんわけです。
 

一つは、今後は「国際的」に稼げる企業が拠点を置きたくなるような場所になっていけるかどうか。東京を足がかりに成長するアジアを狙うような話にできるのか否か、というあたりが求められるわけです。昨今、都市の国際競争の時代ですよー! みたいな話になっているのは、そういう話っすよね。

 

とはいえ、まだ23区内であれば世界トップの一人あたりGDPを持つ経済集積ゾーンでもありますし、だからこそ、それだけ多彩なサービス産業も集積。つまり、昼も夜もそれなりに安全な環境が整い、飲食の選択肢は山程あるわけです。

 

そういう意味では各国の大企業とかじゃなくてスタートアップがブランチを日本において、開発者とかが東京してくれるような方向にどう持っていけるのか。その時に必要なのは昭和なスペックの高い都市とかではなくて、むしろライフスタイルなんですよね。アメリカだって都心回帰になっているのは、ミレニアム世代のワークスタイル、ライフスタイルの変化が強烈だったりするわけです。自動車とかではなく、チャリや徒歩で通えるような範囲にオフィスが欲しいという話になって、まちなかの古いビルをリノベしたりして、近所に膨大な資金調達をしたスタートアップが乱立しているわけです。

 

東京においても郊外に一戸建てたてて、電車で通勤、、、みたいな話ではなく、普通に都内における容積低くて古ぼけた地域、けど緑が多いようなエリアを実は海外に向けて、少し気分転換にナイトタイムエコノミーも多数集積している東京で一定期間、住んで、働いてみません?みたいな営業って結構不可能じゃないと思うんですよね。

 

先日もちょいとそんなことを話していて、私にしては珍しく都内でのPJをやるかもしれません。

 

東京都知事選挙でもなんとなく内政ぽすぎるテーマが多くて、まぁ政治ですから仕方ないのでしょうが、もっと東京ってどういう都市としてやっていくかという方向性についても議論になってくれるといいなーと思います。

 

以下、保井先生との対談させて頂いた内容も合わせてお読みください。

 

◯ポスト2020──東京の成熟とは?
対談:保井美樹氏(法政大学現代福祉学部教授)+木下斉氏(エリア・イノベーション・アライアンス代表理事)

http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/atcl/knpnews/14/660651/021200005/

 

 


 毎週火曜配信の業界有数のまちづくり週間情報誌
「エリア・イノベーション・レビュー」
初月無料のため、お気軽に購読ください。
http://air.areaia.jp/


 


【2刷御礼】木下斉「まちで闘う方法論-自己成長なくして、地域再生なし-」
【4刷御礼】飯田泰之・木下斉ほか「地域再生の失敗学」

[10刷御礼] 木下斉「稼ぐまちが地方を変える-誰も言わなかった10の鉄則」
[7刷御礼] 木下斉[まちづくりの「経営力」養成講座] (地域で事業に取り組む時の本)
[4刷御礼] 木下斉・広瀬郁「まちづくり:デッドライン」(リノベーションまちづくりの本)
 


calendar
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< July 2017 >>
お問い合わせ
Podcast配信
まちづくりの経営力養成講座Podcastを始めました。ArtWork
この画像をiTunesにドラッグアンドドロップするとpodcastとして登録されます。今後の更新の際に自動的にコンテンツダウンロードがされるようになり、便利です。
recommend
地方創生大全
地方創生大全 (JUGEMレビュー »)
木下 斉
5刷。これまでの地域活性化政策を見直していけば地方創生政策における問題点と、打開策が見えます。本書はそれらを5つのポイントで整理して多数の事例をもとに解説しています。失敗事例から成果を収める事例を含めて包括的に理解していただくための一冊です。
recommend
まちで闘う方法論:自己成長なくして、地域再生なし
まちで闘う方法論:自己成長なくして、地域再生なし (JUGEMレビュー »)
木下 斉
3刷。地域での挑戦をゼロから始める際に、どのような成長過程を経ていくのかを段階別で解説。それぞれのプロセスで発生する壁と乗り越え方を失敗と成功両論から整理しています。
recommend
稼ぐまちが地方を変える―誰も言わなかった10の鉄則 (NHK出版新書 460)
稼ぐまちが地方を変える―誰も言わなかった10の鉄則 (NHK出版新書 460) (JUGEMレビュー »)
木下 斉
10刷。高校時代から地域に関わり、その中での挫折とその後の再挑戦について纏めた一冊。その中で自分なりに意識している10の鉄則までまとめています。台湾版も出ました。
recommend
まちづくり デッドライン
まちづくり デッドライン (JUGEMレビュー »)
木下 斉,広瀬 郁
5刷。リノベーションまちづくりを解説した本。過去に蓄積してきた遊休不動産などの資産を活用し、低価格でも利益がでる環境をまちなかに実現しよう。郊外でもネットでも無理な魅力ある経営環境を構築しろ。その方法論と全国各地の具体的事例を示した一冊。
recommend
まちづくりの「経営力」養成講座
まちづくりの「経営力」養成講座 (JUGEMレビュー »)
木下 斉
6刷。本ブログのテーマでもある、まちづくりを経営的に考えるための入門書。初めての単著本です。
selected entries
categories
archives
links
search this site.
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM