書評・この本はまちづくり本ではない。この本は何が起きても「無理」と諦めない、過去のやり方にとらわれず「自分の頭で考えてやり方を生み出す」ための一冊。: 町の未来をこの手でつくる 紫波町オガールプロジェクト

いよいよこの本の紙版も発売になったので、改めて木下なりに感想を書きたいと思います。

 

 

この本は何が起きても「無理」と諦めない、過去のやり方にとらわれず「自分の頭で考えてやり方を生み出す」ための一冊です。

 

この本の著者で、図書館に関する本も出されていた猪谷さん Chica Igaya にTwitterで3年ほど前、「オガール祭りと合わせたシンポジウムに来ませんか?」とお誘いしたら「ぜひ!」ということでお越しいただいた。その時に「オガールは図書館だけでなく、全体の仕組みをみてください」と勝手な熱弁営業トークをしたら、まさか本まで出されるとは!!笑 けど本当に改めて読んで、よくここまで伏線をまとめられたなぁと思ってしまう素晴らしい本です。オススメ致します。(上から目線ですみませんw)

 

始めて岡崎さん Masanobu Okazaki と会ったのは、今からもう6年ほど前。2010年のことでした。

 

その年の経産省の中心市街地活性化全国フォーラムで講師を務めた際に、清水さんが私の前の講師をされていて私の話を聞かれた後に「木下さん、紹介した方がいます」とお話いただいてお会いしたのが岡崎さん。

盛岡で3ringsというリノベーションプロジェクトをされていて、私も同社が設立された時からwebでメッセージで的確で面白い取り組みしている会社だなぁーとチェックしていた会社だっただけに、色々とインタビューさせてもらったのを覚えています。

さらにこの本にも出てくる肴町商店街の佐々木大さんなどもご紹介いただいて、一緒に会社を設立するなどご縁がどんどんと拡大していきました。

 

そしてその時に連れて行かれたのが、この写真にある荒野であった今のオガールエリア。

 

 

最初の本の表紙と同じ場所ですが、同じとは思えないと思います。

 

雪がとけてぬかるむ泥地を前に岡崎さんが「次のプロジェクトはここでやるんだ!!」という話をされていて、「いやー岡崎さん、これはやめたほうがいいんじゃないですか?(笑)」なんて話をしたのを覚えています。

その後、オガールエリア全体のマネジメントなどの勉強会などに色々と呼んで頂いたりしているなかで、どんどんとオガールプロジェクトは進捗。

 

フットボールセンターが開業し、さらに公民合築施設・オガールプラザが開業するのが2012年。その後オガールベース、そして来年にはオガールセンターが開業していく。

 

2011年にできたフットボールセンター

 

2012年にできたオガールプラザ

 

 

この頃はまだオガールエリアも空間がまだまだ空いていました。

 

 

オガールベースが開業。日本初のビジネスホテルとテナントと合築された完全民間経営のバレーボール練習専用体育館。

   

 

 

2016年のオガール祭り。

 

このような変化を起こす過程でニューアーバニズムをベースにしたプランニングからオガールプラザの建築までをサポートされた松永さん、まちづくりで民間資金調達を可能にしたファイナンスのプロのぐっちーさん、オガールベースという人生最後の新築をした嶋田さん、高断熱を切り口にしたエネルギーまちづくりをオガールタウンのプログラムを作り上げた竹内さんなどなど、挙げたらきりがない、この本にも出てこない日本きっての多くのプロがここに集結していく。

 

ここで重要なのは、所謂「まちづくりのプロ」ではなく、オガールに必要なちゃんとした専門的なビジネスをしているプロが集まったことです。

 

それはなぜか。

大したフィーを支払わないのになぜそれだけの全国区きっての様々な企業などからも引っ張りだこの人たちが集まったのか。

 

それは3.4万人の人口規模で財政も悪く、過疎地でも離島でもない中途半端な都市圏立地の地域で、民間が主導して泥濘んだ土地の開発を推進する。誰もきいたことがないPPPとかいう方法に地元からは「黒船来襲」と猛反発が起こる。これだけ聞けば誰でも「絶対に無理」と思うなか、諦めずに自分たちのまちは自分たちで守りきり、そして将来に向けてバトンタッチをするのだと覚悟をきめた人たちの合理的でクールで、けど情熱的な取り組みがそこにあったからです。

 

だから全国区からプロが集結していった。

何事も諦めた時に本当に終わりなんですよね。安西先生ではないですが、「あきらめたらそこで試合終了ですよ」という話です。この本はそういう本です。

 

諦めず、集まったプロたちも入れて、民間は事業開発と資金調達と向き合い、岡崎さんがいう金融機関との「愛の1000本ノック」をクリアしていった。政治・行政は様々な批判に対して100回以上の住民説明会を町長が先頭にたって行い、さらに140回以上の公民連携特別委員会を議会では行った。そこまでの覚悟を決めて、そして実行したわけです。政治行政に問われるのは、「岡崎さんのような民間の担い手がいない」とか嘆く前に政治行政にできることを全力でやっているのか、ということです。

 

視察見学事業を共にマネジメントさせて頂いていてなんですが、オガールを学ぶ際には表に見える建物を視察しても全く意味は無いのです。古い頭でオガールを視察すると「図書館とカフェと産直を一緒にしてたてれば成功するのか」という安直な解釈になったりします。全くもって自分の頭で考えていない人たちが、結構多発します。そうそれは、全くプロセスから物事を捉える力がないから。

重要なのはそのプロセス。


最初はどう考えても上手く行かない、「うちの地域では無理だったんだ」とか「こんなだけ困難な条件では無理で仕方ない」と環境のせいにして諦めたくなる環境下で、政治、行政、民間のキーマンたちが諦めずに現実に即して挑戦を続けた。適切な仲間を集めながら挑戦をした。妥協をせずに「あるべき姿」を歪めずに進めた。

 

その挑戦のプロセスを学ぶのにこの本は最適です。というか、この本を読んだ上でオガールに行かないと何もわからないといっても過言ではないでしょう。

 

まずはこの本を読んだ上で、ストーリーとデータとしてのオガールを学び、その上でちゃんと視察見学申し込みをしてハードと雰囲気としてのオガールを体感する。それが大切です!!

 

http://ogal.caselec.jp/

 

ということで、まずはこの本を読みましょう。

 

 


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【5/7発売】木下斉「まちで闘う方法論-自己成長なくして、地域再生なし-」
【2刷御礼】飯田泰之・木下斉ほか「地域再生の失敗学」

[10刷御礼] 木下斉「稼ぐまちが地方を変える-誰も言わなかった10の鉄則」
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田中角栄が地方に持ってくるはずだった工業はどこへ消えたか。 (No.1035)

昨日TBSラジオの「荻上チキSession-22」という番組で田中角栄の話をやっていて、地方ネタということでお声がけ頂いて電話出演したのですが、あろうことかスタジオにいた田中角栄大好きな感じのコメンテーターの方に阻まれて不完全燃焼だったので、先日、エリア・イノベーション・レビューのコラムで田中角栄について書きました。笑

 

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さて、そもそも私も含めて田中角栄をリアルタイムで知らない人は、色々な本も出ていますし、さらにウィキペディアにも詳しく書かれています。まぁ今になってもこれだけムック本とかで話題になるんだから、それだけ強烈な印象を残した人物であることは間違いないですよね。


田中角栄wikipedia


私は82年生まれですから全く首相歴任時代などは知らないわけですけれども、私の高校時代などは田中真紀子大活躍ということもあり、人物としては知っているわけです。そういえば、田中邸の早稲田口って勝手口があって、そこから田中真紀子さんがスーパーで買い物する姿などは目撃したりしておりました。

実際に彼が首相歴任をするのは、1972年〜1974年というかなりの短期間だったんですよね。実際に彼は首相になるまでがとてつもない馬力で突き進み、首相になった後には一気にやせ細って憔悴してしまい、最後にはロッキード事件で逮捕されるに至るわけです。 もともと持病持ちということもあり、それが年齢と共に深刻になったという話もあります。

【日本列島改造論とは何か】
さて、そんなことはさておき、それでは田中角栄と地方といえば、日本列島改造論を抜いては語ることは出来ません。

日本列島改造論

田中(+ブレーンたち)は、「日本列島を高速道路・新幹線・本州四国連絡橋などの高速交通網で結び、地方の工業化を促進し、過疎と過密の問題と公害の問題を同時に解決する」ということを構想し、書籍というカタチで打ち出し、そしてそれを引っさげて首相になるわけです。

戦後復興は雪の降らない太平洋ベルトを先行し、北米市場への輸出といった大市場に向けた展開を積極的に日本は行ってきました。結果として、各地工業地帯・工業地域として発展できなかった地域(まさに田中の出身地の新潟はその一つ)は、その分復興も遅く、生活水準格差も大きくなっていたわけです。

一方で、都市部は過密問題・公害などを抱えていたのも事実で、それを地方分散すれば地方も繁栄するばかりではなく、都市部の生活環境も改善する、という話だったわけです。

しかしながら、実態としてはそうならなかったわけです。

全国各地に「売れ残った産業団地」は山程出現して今となっては外資のアウトレットモールになったりしているのはマシという状況。 高速道路のIC付近にはバイパスが整備されてチェーンストアが軒を並べて地方市場で儲けた利益を東京へ送り、2000m以上の滑走路を持つ60以上の地方空港も結局は赤字の第三セクター経営ばかり。地元のひとが東京に行きやすく、出て行った人が帰省に便利になるが、県内企業が多少集まっただけの新幹線駅は数えられないほど出現してしまったのです。


【もはや時代遅れだった!?日本列島改造論】
1970年というのは大変微妙な年代で、1950-60年代というまさに戦後復興、高度経済成長、まっただ中を過ぎて、日本は国際的にも経済大国としての存在感と共に、世界的な責任を負わされる時代に入ろうとしていたわけです。特にこれは、田中角栄が示していた「工業化=製造業の地方移転」というシナリオに大きな変化をもたらしてしまいます。

変化をもたらした要因は大きくは2つあります。

1つは、為替です。1973年には日本は変動相場制に移行し、徐々に為替変動リスク(特に円高)を製造業企業(輸出するため)は抱えるようになり、従来のような経営では立ちゆかなくなっていきます。

もう1つは、貿易摩擦。1965年からは日米間における貿易収支においてアメリカ側が赤字に転落したことから貿易摩擦も活発化して、 1968年にはアメリカ電子機械工業会(EIA)は「日本製テレビのダンピングの容疑」をもとにし、ソニーを含む日本メーカー11社を財務省に提訴したりし始めていました。

その後、1972年に日米繊維協定(繊維製品)が締結、1977年には鉄鋼・カラーテレビにおいて日本による実質上の対米輸出自主規制がなされ、1980年代に入れば自動車・コンピューターなど幅広い分野で問題が噴出していきます。日米のみならず日本企業の世界的躍進は国際的な軋轢を産むことになっていく、そんな時代になっていったわけです。まさにエコノミック・アニマルの時代ですな。

んでもって、日本企業が何をしたか。ここが大切。

「現地生産体制」への移行です。

部材を日本に仕入れて、そして日本で加工して輸出販売するビジネスから転換。できるだけ消費地に近い場所に工場を作り、地元の人を雇用して、そこで出来た商品をその国や周辺国で販売する。つまり脱日本でのビジネスモデルを模索し始めたわけです。

ソニーの盛田さんとかも、変動為替や貿易摩擦を鑑みてアメリカやイギリスでのテレビ工場建設を積極に推進し、「これはアメリカのテレビ工場です。アメリカ人が自らつくったソニーのテレビを買ってください」といったようなことを地元の人達にスピーチしたり、イギリスでも同様のことをしていた文書を読んだことがあります。

 

以下のソニーの社史をみてもサンディエゴ工場の操業開始が1972年ですから、もう田中角栄の時代には現地生産体制がソニーくらい当時のスピードある会社だとスタートしていたわけですね。

 

http://www.sony.co.jp/SonyInfo/CorporateInfo/History/SonyHistory/2-20.html

 

んでもってダンピング訴訟が収束するのが1983年。この頃には現地生産体制はバッチリ、地元で大規模な雇用を生み出し、彼らをベースにして政治家へのロビイングなどを積極的に展開するまでに至ったわけです。

 

実は国際企業は既にこの時に「東京と地方」だなんていうような小さなスケールの政治ではなく、国際問題を解決するための「政治」と向き合っていたと思うと、感慨深いものですね。

 

実際に1970年には2700万人いた製造業従事者は、2007年には1700万人へと減少していきます。日本はもともと内需中心でしたが、さらに内需サービス中心の経済大国へと突き進んだ結果として、「人がいるところに仕事が集まる」という構造になっていきます。つまりは、サービス産業大国ってことは、大都市にたくさんの仕事があるということになったのです。工場に仕事があるのではなく。てか、そもそも工場は国外に出て行ったわけです。

 

太平洋側から日本海側などへの工場分散のはずが国外に行ってしまい、国内においては公害は規制強化によってイノベーションが起きて技術的に解決されると共に、太平洋側の工場自体も閉鎖していくことになって生活環境も改善したわけです。

 

 

【日本列島改造によって『成長パターン』を失った日本】

 

結果として何が起きたか、ですね。以下の衆議院発行の資料をみてもらうと良く分かります。

 

【PDF】戦後日本の人口移動と経済成長

 

膨大な公共事業は地方に税金による仕事を生み出しました。結果として、地方から東京への若者の移動は一気に鈍化します。地方でも仕事が生まれたわけですから、当然です。

 

日本はそれまで「強烈な生産性改善」を図りながら、そこに生産力としての人口を全国から集めて生産量を高めて、工業によって世界で戦っていたわけですが、これが完全に終焉しました。地方で仕事が生まれたことで国内生産拠点においては人も集まらない=人件費が高騰していく、ということで、結果として先の工場の世界分散の理由の一つにもなっていったわけです。

 

目先としては地方に仕事ができたわけですが、今となっては農業に従事していた人たちの多くが土建業に転向したものの、あまりに従事者が多くなってしまった中で、00年代に入ると公共事業費が削減されると共に、結果として地方は引きずられて縮小。皮肉な話です。

 

そもそも地方の産業構造そのものが完全に行政支出だけで回されるようなものになってしまったのです。そのため、作ったインフラを活用するとかでもなく、「作っている時が一番儲かる」ということになってしまったわけです。だからひたすら作り続けるが、インフラの維持コストだけで地元にバリバリ残っていき、それをつかって稼ぐ人は出てこない。負のループです。インフラは使ってなんぼです、使うからこそ社会資本と言われるわけです。使わないのであれば、単なる金食い虫。それが地方に増加したわけですから、見せかけでは資本、けど実際にはそれは「負債」だったのです。

 

このあたりは参考までに、金持ち父さん貧乏父さんは読みましょう。

 

さらに日本列島改造論はもともとが東京と地方を接続するというネットワーク構造のため、外部性が発生し、結局は全てのアクセスで相対的優位性を持つのは「東京」という事実はもともと変わらない話なんですよね。ヒト・モノ・カネが集まるのは当然なのですが、当時は地方が不便だから人が集まらないと思い込んでいた(今もそうかも)わけです。目的があるか、全国各地が東京と結ばれたら、地方同士の関係は変わらず、むしろ拠点地域に全てがあつまるという「地方の共食い」を始めることになるというあたりもノンタッチだったわけです。今や各地方で一強(北海道なら札幌、東北なら仙台といったように)となっているのも、インフラ投資の賜物です。

 

このようにこのように列島改造論だけによるものではないですが、日本工業化の曲がり角の時代に全て重なってしまったこともあり、結果としては地方は便利になったけど、、、というところで終わってしまったということでもあります。ただ負債は確実に地方に残り、近代化によって東京資本が進出して利益は飛んでいき、多少の観光客が増加したということにも地域外資本のホテルチェーンによって駆逐される、という話になっているのも悲しいところです。

 

人口減少社会となった今、懐古主義的に田中角栄を褒め称えたりするのではなく、未来に向けたビジョンを我々は持たなくてはならないと改めて思わされるところです。

 


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【5/7発売】木下斉「まちで闘う方法論-自己成長なくして、地域再生なし-」
【2刷御礼】飯田泰之・木下斉ほか「地域再生の失敗学」

[10刷御礼] 木下斉「稼ぐまちが地方を変える-誰も言わなかった10の鉄則」
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巨大な「内需型地方都市」としての東京からの脱却なるか。 (No.1034)

東京都知事選が混迷を極めている昨今ですが、東京ってなんなんだろうと考えると、巨大な「内需型地方都市」なんですよね。

特にその「稼ぎ」という点においてはこの構造が堅牢です。

 

1980年以降は海外展開する日本企業の拠点も海外に分散してきたこの30年ほどですが、とはいえ本社機能を東京においているところが多いわけですが、この点においては国際的に稼ぐ構造になっているかと思います。一方で内需型企業、海外でぱっとしないまま来てしまった銀行とか保健とかの金融などは筆頭株ですが、日本の成長と共に爆発的に拡大する内需で成長したわけで、それらの本社が東京にある場合には、日本国内の内需のピンはねをしてやっているとも言えます。

 

じゃあ東京にある海外企業の拠点は何なんだ、といえば、それは一定の所得がある1.2億人の人口を持つ日本で商売するために日本法人などを設立しているわけで、日本から世界を狙うために拠点をおいているのではないわけです。これとても大切。外資系企業が東京に拠点をもっているから「国際的か」と言われれば、決してそうとも言えない。つまり日本市場を狙うためにたまたま外資系企業が日本に法人をおいているだけだったりするわけです。

 

少し前まではアジア・パシフィックの拠点も日本法人とセットでおいていたところも、それこそ一定のボリュームはまだまだある日本市場ではありますが、今後の先行きが弱いことは分かっているので、成長性の高く、拠点をおくのに有利なアジアの他の国に移っていっているわけです。

 

東京都の経営課題は、従来は日本という成長して所得が拡大していた国の揺るぎない首都としてやっていればよかったわけです。けど、これからは変わらないといかんわけです。
 

一つは、今後は「国際的」に稼げる企業が拠点を置きたくなるような場所になっていけるかどうか。東京を足がかりに成長するアジアを狙うような話にできるのか否か、というあたりが求められるわけです。昨今、都市の国際競争の時代ですよー! みたいな話になっているのは、そういう話っすよね。

 

とはいえ、まだ23区内であれば世界トップの一人あたりGDPを持つ経済集積ゾーンでもありますし、だからこそ、それだけ多彩なサービス産業も集積。つまり、昼も夜もそれなりに安全な環境が整い、飲食の選択肢は山程あるわけです。

 

そういう意味では各国の大企業とかじゃなくてスタートアップがブランチを日本において、開発者とかが東京してくれるような方向にどう持っていけるのか。その時に必要なのは昭和なスペックの高い都市とかではなくて、むしろライフスタイルなんですよね。アメリカだって都心回帰になっているのは、ミレニアム世代のワークスタイル、ライフスタイルの変化が強烈だったりするわけです。自動車とかではなく、チャリや徒歩で通えるような範囲にオフィスが欲しいという話になって、まちなかの古いビルをリノベしたりして、近所に膨大な資金調達をしたスタートアップが乱立しているわけです。

 

東京においても郊外に一戸建てたてて、電車で通勤、、、みたいな話ではなく、普通に都内における容積低くて古ぼけた地域、けど緑が多いようなエリアを実は海外に向けて、少し気分転換にナイトタイムエコノミーも多数集積している東京で一定期間、住んで、働いてみません?みたいな営業って結構不可能じゃないと思うんですよね。

 

先日もちょいとそんなことを話していて、私にしては珍しく都内でのPJをやるかもしれません。

 

東京都知事選挙でもなんとなく内政ぽすぎるテーマが多くて、まぁ政治ですから仕方ないのでしょうが、もっと東京ってどういう都市としてやっていくかという方向性についても議論になってくれるといいなーと思います。

 

以下、保井先生との対談させて頂いた内容も合わせてお読みください。

 

◯ポスト2020──東京の成熟とは?
対談:保井美樹氏(法政大学現代福祉学部教授)+木下斉氏(エリア・イノベーション・アライアンス代表理事)

http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/atcl/knpnews/14/660651/021200005/

 

 


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地域を変えるのに「個人」はどう成長すればいいのか。 (No.1033)

「地域活性化において必要なものは何ですか?」と聞けば多くの人は「人材」と言ったりします。

しかしながら、これまでのまちづくり、地域活性化分野においては、「こういう取り組みが必要」という話であったり、「こういう組織が大切」という話であったり、はたまた「このような制度が無いからダメ」といったような、事業内容や組織構成や制度の話に落とし込まれることが多くありました。が、それはまぁ単なる言い訳で、自分でやれることをやろうとしない。できないことがあるなら、自分でやろうとしないということを、人のせい、社会のせいにしているだけなんですよね。


◯ あなたのまちにスーパーマンは来ない

そういう時に成功事例を取り上げ、それを実現しているスーパーマンを題材にして「こういう人材がうちの地域にいないからなー」といったような話になる。貴方のまちにはウルトラマンも仮面ライターもスーパーマンもこないよ、という話なのですが、どうにもそういう話になる。

(参考)あなたのまちにウルトラマンも仮面ライダーも来ない。 (No.1014)
http://blog.revitalization.jp/?eid=810904

「自分が成長してできるようになろう」というような気持ちはなくて、今ある状況、今ある人材では不可能なことは、今後もずーーーーっと不可能で、だから予算をもらって他人に委託してやってもらおう的な話になる。

つまりは「他力本願」なわけですわな。「自前主義」でやろうという話にはならない。

できないことはできないという考え方。ただ本当にそうか?という話です。小学生の時とか、足し算ができなかったのに勉強すればできるようになったし、逆上がりだって練習すればできるようになったわけです。ま、諦めた人はいるのかもだけど。笑

ということで、地域再生に人材が必要だっていうならば、自分がまずは地域に貢献できる人材にならないと始まらないし、それは十分にステップを追っていけば可能なことも多くあります。


◯ いきなりイチローになろうとするな。

多くの場合には、いきなりスーパーマンの業績を視察しにいって「うちらには無理」と諦めます。
アメリカのスタジアムにいって、イチローの打席をみて「俺に野球は無理」と言っているようなもので、そりゃそうなのです。不可能なのです。視察を数度しただけで、全国でも有数のケースを真似るなんては不可能でしょう。

しかし、そこで諦めてたら終わりです。まずは諦めないことはとても大切です。ただし、いきなり難易度の高いことを挑戦すれば、失敗する。

だからキャリアラダー(キャリアアップのためのはしご=ラダー)が必要なのです。ステップに沿って、まちづくりでも、「まずは活動からスタートし、活動レベルで結果出せるようになったら、次は事業に挑戦」のようなステップバイステップでいけばいいだけなのです。なぜにいきなり難易度の高いところに挑戦して失敗して心折れようとしているのか、という話です。

 
◯ 人材には「非常識な心得」と「適切な経験」と「体系化された技術」が必要

人材は基本的に育てるものではなく、基本は「見つける」のが全体の80%を占めると思っています。
やはり三つ子の魂百まで。幼少期から違う人は違うわけで、常識を破壊できる人は、小さい頃からかなりの破壊経験を繰り返している人だったりします。そのような人をまずは見つける必要があるし、「あ、俺そうだ」という人は、地域活性化で変化を生み出す人材になりやすい。

その上で、「非常識心得」を持つ必要があります。変な常識が沢山はびこっているので、「みんなの話の前に、自分はどうなの?」みたいなこと含めて、向き合うべき心得

さらに最初にやり方を教えるのではなく、まずはやってみて、その上で他の人はどうやっているかを知るほうがよいのです。というのも、あくまで今やっているやり方は、一手法に過ぎず、それが万能でも完璧でもありません。だからまずは自分で自由に考えてやってみて、失敗したりした上で、他人のやり方を聞いたほうがいい。そこで「あーそこはそうしたらいいけど、ここは俺がやったやり方のほうがいいわ」という取捨選択もできる。

なんでも教わってからやる、のではなく、まずはやってみるという経験が必要。ただし、これは前述のようにステップバイステップで適切な経験をしていかないと、いきなり無理ゲーとなるような難易度の高いステップに突入すると、そこで心折れるような大失敗になったりします。私も幾度となくありますが。笑

また、もう一つは、体系化された技術の必要です。
まちづくりにもマーケティングが必要、といつつ、じゃどういうやり方が一般的なマーケティング手法とまちづくり分野が組み合わせできるのか、を事例だけでなく、ある程度、一般的かつ抽象的に説明できることも大切です。この努力をまちづくりり分野はしてこなかった。すごい事例とすごい人を取り上げて終わり。技術論はかなり放置してきました。これらをちゃんまとめていくことは今後必要ですし、これから始める人も実践の後に読むと、自分たちの問題解決にも活きてくるものです。



ということで、本日発売の「まちで闘う方法論」は、まさにまちで活動・事業に取り組む「実践する個人の成長」にフォーカスをした一冊にしています。なので一般的な地域再生論とかそういう話は全くなく、あくまで実践する上で、私なりに必要だと思っていること、そして実際に自分や周りを見ていて思う成長ステップ、さらに主な技術論を抽出して3章構成でまとめたものです。

難しい公民連携事業とかその解説とかそういうものはないです。むしろ私が高校〜大学院時代にかけた頃、活動参加から自分で会社として地域活性化に取り組むまででの内容をある意味の「しくじり先生」的にまとめているところもあります。

ということで、まちで実践する方に読んでいただければ幸いです。
変な地域活性化人材開発セミナーよりも有益な内容にはなっているのではないかと思います。何しろ3年かけて、捨て去っていた過去の失敗していた事例などを思い返しつつ書きましたので。笑

本書の構成は以下の目次を見ていただければよく分かるかと思います。





ということで、よろしくお願いいたします〜!!!

先日発売になっている共著本「地域再生の失敗学」も好評発売中です。在庫の枯渇状況続いていますが、GW明けくらいから2刷も出回り在庫もある程度満たされていくと期待です。
 
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既存建築・新築・再開発をつなぐ、エリア・アセット・マネジメントの挑戦 (No.1032)

 

愛知県春日井市勝川。もう代表つとめる 水野 隆さんとのお付き合いは16年前に遡るのですが、なんだかんだで事業を共にするようになったのが3年ほど前。

2年前に商店街の店舗兼民家をリノベーションしてシェア店舗TANEYA (http://taneya.tv/ )がスタート。 嶋田 洋平さんにもきてもらったり、メンバー研修をしつつこの開発プロセスで逆算開発、補助金に頼らない民間資金活用などについて学びつつ3ヶ月ほどで営業終えて、半年くらいで事業スタート。

お陰さまで、入居者の皆さんと地域の方々のご愛顧により、施設側は計画通りの1.5年投資回収を終え、さらに入居者さんは予想を上回る業績をあげてこられています。 百時の 素美さん、 河野 明子さんをはじめとして多くの方を巻き込み、事業成長と共に、様々な成果を上げられているのがすごいです。

その成果もあり、勝川周辺への出店問い合わせなども2年前よりは格段に増加。

ちょうど、その頃にとある土地の買収の話が出たのです。それが写真にある更地となって放置されていた商店街のど真ん中の敷地。もともとTANEYAでの事業法人でもある、勝川商業開発(地元の資産を持つ地権者たち長老たち・写真でわかるはずw)の皆様が購入をいつの間にか決断。

 

「もう土地買ったよ」という話で、「買う前に相談してよー」ということなのですが、買ったのであれば、これを効果的に活用した事業を仕込むことになりました。

そもそもの需要が拡大していた背景と共に、様々な企画で集客を集めるものを勝川はやっている一方で自分たちで自由に使える広場や小回り聞くスペースがないということもあり、それらをどうにかしようという話が出てきました。

それらを統合し、例の如くの「逆算開発」「補助金は使わず、金融活用」でコンセプトにあう店舗の募集と調整を重ね重ねて10ヶ月ほど。途中「出来ないのではないか」と思うこともありましたが、木下の細かな管理にも負けずw、現地の方々の熱心な営業によって、一歩一歩進んでいきました。

その後は 河合 忠さん、 山田 貴之さん率いる、建築チームに厳しい予算制約の中、テナントとの調整と共に、活用できる「稼ぐ共用部」の開発という2つを調整しながら進めてもらいました。これは本当に地元建築チームの賜物。当初どのような構成にするか、 広瀬 郁さんにスクラッチの議論を整理してもらったりしていました。入居者の人たちと幾度と無く調整を重ねつつ、最後はスケジュールとの勝負となっていきました。

また、ネーミングについては世代の間、既存居住者と新規居住者との間などを埋めるというコンセプトから「ままま勝川」という名前に。minna( http://minna-design.com/ )の 長谷川 哲士さんに愛知出身ということもあり、サイン計画までをサポート頂きました。

 

そして、ようやく施設が完成し、先日お披露目パーティーとなりました。今回の入居者の皆さんも、TANEYA同様に長老の皆様からすればとても若い世代ばかりです。

 

今回の開業を機に、TANEYAとままま勝川の管理と共に、それらの共有部運用、駅前の再開発施設での低利用共用部などを共同で活用ビジネスを展開する、「株式会社勝川エリア・アセット・マネジメント」を私も含めて出資して設立。

ままま勝川は特に底地は20年で切りつつ、上モノは底地の10年返済分を織り込んでも11年以内で投資回収を終える計画になっています。さらに、共用部をイベントビジネスで活用することにしており、ビアガーデンやハロウィンやクリスマスマーケット、周辺生産地とコラボした収穫祭など様々な企画を週末に展開して稼ぐことで、施設側としては投資回収がより圧縮でき、またエリア・アセット・マネジメントの財源に繋がる計画になっています。

さらに施設としては8割はテナント収入で回すことにしつつ、2割り程度になる8坪のギャラリーと24坪のホールは事業計画の上振れを目指す運用を目指すものです。また、一定の固定費を抱えることで、エリア・アセット・マネジメントとしての背水の陣を抱えるプレッシャーを与えるモデルにしているのも各地での経験を踏まえた構造にしています。

ま、このあたりの構造などについては今度改めて資料に整理します。

 

どちらにしても、これからが勝負。まさにビジネスとしての成功を実現しなくてはならないのです。

先日のお披露目の際にも、市長さん、議員さんもお越しになられましたが、「補助金ではない支援は、ここで飲み食いしたり、お客さんを紹介していただけること」とお話しました。まさに社会資本が豊かな議員の方々は、本来は行政予算の割り振りだけでなく、自らのそれら資本をもって地域に貢献できることでもあると思います。ビアガーデンの際には事前チケット販売で相当枚数を購入いただけるものと思います。笑

どちらにしても今度は1-2年に一つずつリノベーション・新築を組み合わせながら、10年ごとの変化に対応できる、季節で変化していく小規模店舗集積を皆で図っていこうと仲間と共に誓いました。

どこの地域でもそうですが、始まる時は不安になるものですが、上の世代から若い世代まで、政治、行政、民間の垣根を超えたフラットなチーム感が勝川の強みだなと思います。

まちを変えるのは「民の覚悟」。様々なセクター間での関係も再構築が必要となる縮退社会=成熟社会において、勝川はどのように今後展開していけるのか。休むこと無く動き続けなくてはなりません。

挑戦は続きます。


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